「顧客数で世界No.1」と語ったアスエネCEOの西和田浩平氏。今回の資金調達を機に、製造業への営業強化、M&Aを軸に売り上げでも世界No.1を目指す。
画像:アスエネ
この数年で多くのプレイヤーが参入してきた気候テック・CO2見える化業界の地殻変動のはじまりなのか。
CO2排出量の見える化・削減ソフトウェア大手のアスエネが6月14日、シリーズCラウンドのファーストクローズで三井住友銀行(SMBC)、SBIインベストメント、スパークス・アセット・マネジメントが運営する未来創生3号ファンドをリード投資家に、ソニーベンチャーズなど17社から合計42億円を調達したと発表した。セカンドクローズを含めてシリーズCで50億円の調達を予定しており、累計調達額は101億円になる見込みだ。
また同時に、SMBC、SBIグループ、村田製作所、リコー、NIPPON EXPRESSホールディングス、KDDIの6社とは資本業務提携も締結。各業界の大手企業とタッグを組み、CO2見える化の取り組みを広げていく構えだ。
アスエネの西和田浩平CEOは、今回の資金調達を経て国内の気候テック企業のM&Aなどを進め「最速でデカコーンを目指す」とBusiness Insider Japanの取材に応じた。
資金調達の狙いと今後の展開を、西和田CEOに聞いた。
製造業分野を強化し、世界No.1目指す
── 今回の資金調達で、戦略的に重視した点は。
最も重視したのは、製造業をはじめとする大企業との出資提携による営業・マーケティングの拡大。製造業向けのCO2見える化(温室効果ガス排出量の算出)サービスで、グローバルNo.1の企業になるためです。
──なぜ製造業を重視するのですか。
我々は直販営業力が強く、顧客数では国内で圧倒的No.1※。世界でも(顧客数は)No.1だと思います。特に製造業については、世界で最も多くのお客さまを抱えている。
その製造業向けの営業を強化すれば、グローバルでNo.1になれると考えているからです。
※編集部注:東京商工リサーチ「CO2排出量見える化サービス 導入社数調査」の累計導入社数で国内No.1(2023年7月時点)。
──グローバルでの競合は。
売り上げベースでは、ユニコーン企業・Watershed(ウォーターシェッド※)などアメリカの1、2社がアスエネより若干大きい。アメリカは1人当たりの人件費が日本の3〜4倍ということもあり、ソフトウェア(サービス)の金額が高いからです。
アスエネはそれに次ぐ規模です。とはいえ、グローバルで勝つのは簡単ではありません。そのために対製造業のシステム・営業をさらに強化し、グローバル展開を加速する。それが今回の資金調達のメッセージでもあります。
※編集部注:ウォーターシェッドは2024年2月にシリーズCラウンドで1億ドル(約156億円)を調達し、企業評価額が18億ドル(約2800億円)になったと発表している。
SMBC「本体」が出資
──投資家の���ぶれを見ると製造業だけではありません。
そうです。ただ、例えばリードインベスターの1社、SMBCさんは金額的に最も多く投資いただきましたが、スタートアップへの投資は通常、CVC部門(SMBCベンチャーキャピタル)が担っています。今回はSMBCさん本体が直接出資した。サステナビリティは重点分野のため、本体が出資する判断を下されたということです。
そして、SMBCさんのお客さまで最も多いのが製造業。同じくリードインベスターの独立系投資顧問会社SPARX(スパークス)の子会社スパークス・アセット・マネジメントさんも同様で、同社らが運営する未来創生3号ファンドにはトヨタ自動車さんもメインで出資しています。
資金調達と同時に発表した金融・製造・IT・物流の大手6社との資本業務提携も、世界No.1に向けた強力なタッグになる(写真は2023年6月にBusiness Insider Japanの取材に応じた際のもの)。
撮影:三ツ村崇志
──資金調達と同時に、金融・製造・IT・物流の大手6社との資本業務提携契約も締結しました。
それもグローバルNo.1になるためです。製造業をメインにしつつ、その他の業界のトップランナーと資本業務提携を締結しました。資金調達に加え、この提携が戦略的に一番重視した点です。
──提携ではどういった取り組みが進んでいくことになるのでしょうか。
例えばSMBCさんで言うと、彼ら自体もCO2の見える化を一部手掛けているので、そことのデータ連携もあり得ます。ほかに、顧客サポート面のコンサルを含め、SMBCさんのカスタマーサクセス系を我々が担ったり、アジアやアメリカなど海外で共同営業し積極的に顧客を取りに行ったりすることも検討しています。
CO2排出量やESGのデータに金融を組み合わせ、新たなソリューションを生み出すことも考えています。
2022年4月のシリーズBの資金調達以降、2年間で成長した主要項目。
画像:アスエネ
──アスエネのどんな点が、こういった大企業から評価されているのでしょうか。
まず、CO2排出量のスコープ1(自社のCO2排出)、スコープ2(エネルギー使用に伴うCO2の排出)だけでなく、スコープ3(取引先のCO2排出)の温室効果ガス(GHG)排出量のデータ回収がしっかりできること。これができる会社は実はそれほど多くありません。
しかも、GHG排出量は、金額ベースで算出するような2次データと、各社が自ら収集する実際の1次データは大きく異なるのですが、アスエネのCO2排出量見える化・削減・報告クラウドサービス「ASUENE」は1次データの回収・比較ができます。これができる会社も、世界でごくわずかです。
──CO2見える化サービスの精度が高く、充実していると。
例えば、ソニーグループさん。2024年5月にASUENEを導入したと発表しましたが、ソニーさんの狙いはまさに、サプライヤーの1次データを自動的に回収したり、効率化・自動化によってミスを少なくしたりするような体制を築くことでした。
M&A、年内実現へ複数案件が進行
──調達資金の主な使途は。
M&Aです。今回のシリーズCラウンドでの調達額は7月末に予定しているセカンドクローズを含めると50億円になりますが、事業自体は非常に好調ですし、実は資金的には余裕がある。
ただ、企業価値を急速に高めるためにはM&Aが最も有効です。そこでまずは国内の気候テックを対象にアスエネ主体でM&Aを積極的に実施する。将来的には海外でのM&Aも視野に入れています。
──具体的に動き出しているのでしょうか。
2023年後半にM&Aチームを組成し、すでに複数の交渉を進めています。期末の2024年9月末までに順調にいけば2〜3件、少なくとも1件は実現する見込みで動いているところです。
──そこまで急激にシフトできる理由は。
私自身、三井物産時代に海外のM&Aを手掛けた経験もありますし、M&Aに強い企業と連携しているからです。
──連携とは。
ソフトウェアテストで知られるDX企業・SHIFT(シフト)さんです。同社で国内外のM&Aをリードしている小島秀毅さんに、アスエネのM&A戦略アドバイザーに就任いただきました。シフトさんはM&Aを通じて企業価値を急上昇させてきた企業で、2023年だけで国内上場企業最多の10件のM&Aを成功させている。連携を機にシフト流を徹底的に取り入れ、動いています。
グローバル展開、要はアジア
──グローバル展開の強化については。
海外の拠点は現在、シンガポールとアメリカの現地法人、フィリピン・セブ島にある開発拠点の3カ所。すでにアジア・アメリカで数十顧客を獲得しています。日本企業の現地法人もありますが、9割がた現地の外資系企業で、やはり製造業がメインです。
今後さらにグローバル展開を本格化させるため、アジアに拠点を増やす予定です。
──なぜアジアに拠点を増やすのですか。
アジアでNo.1を取れれば、世界でNo.1を取れるからです。企業数、人口の数という観点で、マーケットが非常に大きく、開拓の余地も大きいですから。
そして、経営上の最大のメリットは時差がほとんどないこと。グローバル経営で最も大きな障害は、実は時差なんです。逆に言うと、時差がなければマネージメントが格段にしやすくなる。オンラインでのコミュニケーションも容易ですし、同じアジアで距離も近いので対面のコミュニケーションもしやすい���
欧米企業も当然ながらアジアのマーケットの大きさに注目してはいますが、文化的な違いや距離の遠さがネックでなかなか進出できません。同じアジア企業の我々のほうが大きなアドバンテージがあるんです。
──新事業の展開も予定しているとか。
今年の夏にリリースする予定なのでまだ話せませんが、サステナビリティ、脱炭素、ESGに関連する新しい事業を立ち上げる予定です。
2019年の創業以来、アスエネは毎年、新たな事業を仕掛けてきました。2023年にはSBIホールディングスさんとカーボンクレジット・排出権取引所の合弁会社CarbonEXを設立。2025年はグローバル展開で余裕がないかもしれませんが、2024年は仕掛けます。
短期的な目標は「デカコーン」
──今後の目標について。
シリーズBの資金調達からの2年で、社員が約50人から約250人に増え、年間の受注額は30倍に急成長しました。企業価値も3〜4倍に上昇し、約250億円の評価額になっています。
ですが、まだまだ満足していません。一刻も速くグローバルでNo.1になりたいからです。そのために、短期的な目標として最速でデカコーン(評価額が100億ドル以上のスタートアップ)を目指したい。
──デカコーンは短期的な目標と。
創業5年で評価額250億円なので、ユニコーン(評価額10億ドル以上)はもう見えています。ただ、デカコーンになるにはそれなりのハードルがあると思っています。
1兆円以上の企業はたいてい、グローバルの売り上げが3割以上を占めています。要は、海外での売り上げが30%以上ないとデカコーンにはなれない。なぜなら成長が見込めないからです。だからこそ、僕たちはグローバル展開に力を入れていくわけです。