イタリア人上司のAmon。日本に居住している。
撮影:薬袋友花里
私の上司との1on1は、毎回この一言から始まる。
「Hello Minai-san! How have you been?(薬袋さんこんにちは!最近どう?)」
なぜなら彼はイタリア人だからだ。いつも元気に、イタリアっぽいアクセントの英語で話しかけてくる。
私が勤務しているのはoViceという日本のスタートアップだ。社員は100名程ながら、4割以上が外国籍。
本社は石川県七尾市にあるが、フルリモートが可能なため、韓国人、チュニジア人、オーストラリア人、イタリア人、アメリカ人、インド人、中国人、香港人など、多種多様な国籍の社員が世界各国におり、日本人でも海外に居住しながら働いている人もいる。
私自身も、世界を旅しながら現地で仕事するデジタルノマド生活を始めて早3年が経過した。
厚生労働省によると2023年10月時点で、外国人労働者は204万人で初めて200万人を超えたという。
近年では外国籍のエンジニアを多く採用する企業は私たちのようなスタートアップでも増えており、英語を公用語とする企業もある。
人手不足の日本においては、私のように「上司が外国人」というケースも、今後当たり前になっていくと思う。今回は、外国人上司とは働く日常をお伝えしたい。
上司の口癖は「Perfect!」
国境を超えてバーチャルオフィスで「一緒に」勤務し、ミーティングでは同時翻訳を活用しながら会話する。
撮影:薬袋友花里
oViceは主に日本でサービス展開しているが、韓国やオーストラリアなどの国にも進出している。そのため、複数の国に社員がおり、平日は毎日バーチャルオフィス上に出社して「一緒に」勤務している。
私のイタリア人の上司の名前はAmon(アモン)。今後、サービスを世界に広げていくために、マーケティング領域を主導するリーダーが必要になり、アメリカなどグローバルなIT企業でマーケティングに従事した経験のあるAmonが採用された。
Amonが統括するマーケティング部門のメンバーは10人ほど。日本人や韓国人、日本に住むブルガリア人、日本人なのにオランダに住む人など、多様な人材が集まっている。
広報を担当している私も、Amonの部下としてマーケティング部門の一員として働いているが、突然、上司がイタリア人になることを知らされたときには、正直かなり驚いた。
Amonとは月に一度は1on1するが、それ以外にも適宜業務の相談をしている。これまで複数の企業で日本人の上司の下で仕事をしてきた身として一番違いを感じるのは、会話がフレンドリーで、賞賛が多いことだ。
Amonに対して業務について報告する時には、「こんなことしかできていない……」と自信を持てないこともあるが、基本的には考えて動いたことを賞賛してくれることが多い。
「Perfect(パーフェクト)!」が口癖で、Amonだけでなく各社員が意見を出すたびに賞賛してくれる。
多くの日本人にも共通するかもしれないが、私自身もほめたりほめられたりするのに慣れていないため、少し恥ずかしく感じることもある。ただどんな小さな一歩でも前進したことをきちんとみてくれているという安心感がある。
心理的安全性という言葉があるが、一言目に称賛される環境に身を置くと、「次もがんばろう」と挑戦することへのハードルは低くなるように感じている。
「自分の考え」を求められる
一方で、一人一人がそれぞれの担務のプロであり、責任がある立場であるというスタンスは強く感じる。
基本的に上司が考えたことへの「同意」ではなく「自分がどう考えるか」を問われることが多い。業務について相談すると、必ずと言って良いほど「What do you think?(君はどう思うの?)」と聞かれるのだ。
英語で話すということ自体緊張するが、自分の考えが足りていないと更に言葉が出てこなくなるため、自発的に考え、行動することが強く求められる。
私は会社の公式SNSの運用担当に手を挙げ、正式に担当することになった。当時、自社のLinkedInアカウントは、欧米に対するマーケティングの場として非常に重要視されていながらも、そもそもほとんど運用ができていなかった。
Amonからは「なんでアカウントを開設したのか?」「運用の目的は?」と問われてもきちんと説明できず悔しい思いをしたこともあった。
そんな反省を踏まえつつ今は、日本語の記事を英訳して投稿したり、ニュースレターを配信したりと、私なりに考えた運用計画に沿ってAmonとすり合わせながら運用しようと、日々奮闘している。
「現地の生の声」をサービスに生かす
オーストラリア人でオーストラリアに居住するCHROのMegan。
提供:薬袋友花里
日本以外にも社員がいることはメリットだと感じる。
社員の約4割が外国籍ということもあり、Amon以外にも多くの日本国籍以外の社員がいる。人事のトップ・CHROで、オーストラリア人のMegan(ミーガン)もその一人だ。
オーストラリアに居住しながら、人事制度の構築や従業員エンゲージメント向上施策の実施など、人事部門の業務を統括している。
やり取りは基本的に全てバーチャルオフィスで行う。雇用に関する法律が各国で違うためその点に注意を払う必要はあるものの、欧米・アジア・中東などのさまざまな国と地域で人事戦略・組織開発を担ってきた経験を生かして働いている。
世界に社員がいることで、すでに多くの外国企業で整備されている制度などを積極的に導入することができている。例えば人事に関しては、社員の体調不良時や家族のケアが必要な際に取得できる特別休暇「シックリーブ」や、人事や組織の面から事業成長をサポートする「HRBP(HRビジネスパートナー)」制度を設けている。
またインターネットで検索しただけでは到底得られない「現地の生の声」をすぐに得られるメリットもある。
Meganがオーストラリアで「働き方」に関するイベントへの登壇が決まった際、広報担当の私がLinkedInに投稿する告知の文言作成を担当した。
当然ながら英語のため、文章のニュアンスが正しいかどうかに加えて、オーストラリアの現在の「働き方」がどうなっているのか想像できずとても苦労した。Meganに相談すると、「オーストラリアや欧米諸国では、従業員がリモートワークを強く望んでいる。会社側に環境や制度構築を求める要望を出すこともある」とアドバイスしてもらった。
各国の「空気感」を踏まえながら投稿文を作れたことは、世界展開を目指す会社の広報担当としていい経験になった。
時差や祝日…日本との違いを痛感
世界に社員がいることで、もちろん課題もある。
私と同じマーケティング部門には、日本人でありながらも、オランダから勤務している社員がいるが、実際の勤務においては時差を超えることはかなり難しい。
オランダと日本との時差は7時間。互いの国の時間に合わせて勤務しようとすると、例えばオランダの午前9時は日本の午後4時となるため、連携できる時間は限られてしまう。
オランダにいる社員が現地時間の早朝から勤務しているが、完全に日本に合わせることは無理に近い。
そのためオランダ時間の朝(日本時間夕方)の連携可能な時間に日本とミーティングし、オランダ時間の午後(日本時間の夜~深夜)に自分の業務を集中して進め、タスク管理ツールに進捗を書き残して翌日日本のメンバーがすぐに確認できるようにするなど工夫をして働いてくれている。
祝日も国によって違うため、例えば日本がゴールデンウィークで大型休暇でも他の国はそうでない。逆に韓国などではクリスマスが祝日となるものの日本では平日となるため、事前に祝日を意識しながら連携を取る必要がある。
加えて文化的な解釈にも違いがあるため、コミュニケーションには注意を払う必要があると感じている。
例えば、日本では明確に期日を設定せずに考えることがあったり、相手に解釈をゆだね「あうんの呼吸」で仕事をするといったこともまだまだあるが、そうした「感覚」に頼ったコミュニケーションには特に気をつける必要がある。
上司のAmonが着任したばかりの時、各自の��割や担務を整理し、改めて数値目標を設定し直さなければならない場面があった。
依頼を受けたとき私は、「一人でじっくり考えた結果を提案しよう」と思っていたが、Amonが望んでいたのは「まずざっくりと目標を作り、会話を重ねて最終的に完成させる」ことだった。日本人同士であれば、何となく相手の業務の様子や周りの状況を見て準備し、期日に提出して終わりだったかもしれない。日本人同士で業務を進めていた頃を振り返ると、意図せずに会話が不足した状態で仕事を進めており、そのため業務改善が進んでいなかった面もあったと思う。
文化が違う場合はなおさら会話が必要だと感じるし、これまでのやり方が本当に効率的だったのか気付かされる毎日だ。
「カプチーノこそコーヒーだ」
チュニジアでのワーケーションでも、それぞれの国や考え方の違いなどについて話す機会が多かった
撮影:薬袋友花里
「多様性の極み」な組織で働く日々で、語学以上に学ぶことが多い。
実際に外国人と働くことで私が感じるのは、言語のコミュニケーションをどう乗り越えるかということ以上に、それぞれが異文化を生きているということを理解することの大切さだ。
これまで真面目なことを書いてきたが、もちろんイタリア人上司とは何気ない雑談もする。
先日オフィスに出社した際、上司に「コーヒーいりますか?」と聞いたところ、「自分で買ってくる���ら大丈夫だよ!」と言われた。
お気に入りのコーヒーがあるのかと思い聞いたところ、彼にとっては日本人の言う「カプチーノ」こそが「コーヒー」で、オフィス内にカプチーノがなく、自分でお気に入りのものを買いに行きたかったそうだ。
また、以前チュニジア人と韓国人の社員が議論していたため、何かと思い聞いてみると「クロワッサンは、『パン』なのか」について話していた。
チェニジアの社員らと記念撮影。中央が筆者。
提供:薬袋友花里
韓国人も私も「パン」だと主張したが、チュニジア人の社員にとってクロワッサンは「ペストリー」、日本語で言うと「焼き菓子」なのだそうだ。
こんなちょっとした会話からも、別の視点や感覚で見るおもしろさに気づくことができる。
業務に直接役立つ情報もあれば、ほとんど雑学に近いものもある。でも自分が何かで悩んだとき、「日本的」な考え方から視点をずらして見ることで、「自分が細かく考えすぎていたのかもしてない」と気づけて心が軽くなり、気持ちを新たに仕事に取り組めていると感じる。
イタリア人が上司になったとき、「英語でうまく会話できるのか」など、正直不安は大きかった。ただ、実際に一緒に働いてみると、言語に関する抵抗はなくなり、今では一緒に働くだけで自然とリスキリングになっている。
早めに案を作って適宜改善することや、互いの意見を交わしながら業務にあたることなど、仕事の進め方について学べた部分も多い。
これからのキャリアで日本人以外と勤務する可能性もある。こうした経験は必ずどこかで役立つだろうと感じている。