チーズタルトにバターサンド、BAKEの人気商品だ。
撮影:土屋咲花
駅併設の商業施設で甘い香りを漂わせるチーズタルト、東京駅ブランドとして行列を作ったバターサンド——。人気のスイーツを手掛けるお菓子のスタートアップ「BAKE(ベイク)」は、コロナ禍で危機に瀕していた。
売り上げは一時9割減。街に人が戻らない中で、ターミナル駅などの人が集まる場所に店舗を構え、できたてのスイーツを届けるビジネスモデルに転換が迫られた。IPOの計画も水に流れ、突然の構造転換になかには会社を離れる社員もいた 。
大きな変革を経て、同社は今、再成長に向かって歩み始めている。2020年4月に社長に就任し、舵取りを担ってきた山田純平社長に聞いた。
コロナ禍で上場目前→危機に
BAKEの山田純平社長。 2017年に取締役、2020年に社長に就任した。
撮影:土屋咲花
「我々は駅などの人通りの多い場所にリアルの店舗を構えていたので、コロナ禍では一気に街に人がいなくなってしまったことで売り上げが激減しました。
加えて、我々のお菓子は旅行や帰省、会食などの際に手土産に選んでいただくことが多かった。
店舗がある場所の人流もなくなれば、お菓子が使われるシーンもなくなってしまい、大きな打撃を受けたというのが率直なところです」
山田社長は、急転直下したコロナ禍の状況をこう振り返る。
BAKEは2017年に投資ファンドのポラリス・キャピタル・グループが買収し、上場に向けて収益拡大を進めてきた。2017年に発売したプレスバターサンドは発売開始から数年で年間1000万個以上を売り上げる人気ブランドになるなど好調で、年間の売り上げは百数十億円規模にまで成長。上場(IPO)に向けた組織づくりも進めていた。
コロナ禍が直撃したのは、まさにいきおいに乗っているタイミングだった。
「それまでは上場に向けてポラリスは経営から引き揚げていくタイミングだったのですが、上場どころではなく、むしろ(コロナショックによって)会社が危機に瀕すると感じました」
山田社長はポラリスからの出向人材として、2020年4月に社長に就任した。
これまでの「勝ち筋」が崩壊
複数ブランドの商品が購入できる「BAKE the SHOP」。自由が丘店は9月からイートインコーナーがオープンする。
撮影:土屋咲花
コロナ前まで、BAKEは「BAKE CHEESE TART(ベイクチーズタルト)」に「PRESS BUTTER SAND(プレスバターサンド)」、クロッカンシューの「ZAKUZAKU(ザクザク)」など、個性の強いブランド商品を「1ブランド1プロダクト」で展開する戦略を取ってきた。
「1店舗につき1商品というシンプルなオペレーションがあったからこそ、利益率の高いビジネスを展開できていました」(山田社長)
このスタイルは訴求力の面でも利益率の面でも有利で、同社の強みだった。ところが、コロナ禍ではこの「勝ち筋」のビジネスモデルが瞬く間に立ち行かなくなった。
「店舗の売り上げが落ち、販売チャネルを広げざるを得なくなりました。販売効率が悪くなり、利益率は下がっていきます。そこに対して、利益を出していくための取り組みをしていく必要がありました」
山田社長は、これまでのBAKEとは正反対ともいえる構造転換に取り組んだ。1ブランド1商品の実店舗型から、全ブランドを「BAKEが手掛けるお菓子」として見せる戦略を取り始めた。
EC販売に複合ブランド、戦略を刷新
「BAKE the SHOP」では、別ブランドの「BAKE CHEESE TART」と「RINGO」が同じショーケースに並ぶ。
撮影:土屋咲花
コロナ禍でまず取り組んだのは、ECサイトの開設だ。2020年の6月に開始したオンラインストアでは、ベイクチーズタルトやプレスバターサンドを一緒に購入することができるようになった。
2021年には、実店舗でも複数ブランドの展開を全国3カ所で始めた。
顧客情報の一元化も進めた。店舗とECでの購入でポイントが貯まる会員プログラムには、既に約40万人の会員がいる。
ブランドを横断し、店舗とオンラインの接点を増やすOMO(Online Merges with Offline)戦略の狙いは、各ブランドを回遊して購入してもらうことや「BAKEという会社が作るお菓子」へのファンづくりだ。
「BAKEが手掛けるブランドだからこそ、かっこいいと思ってもらえるようにコンセプトを変えました。
チャネルをマルチにし、その中でお客様に回遊してもらいながら、我々にとっては効率的に、お客様にとっては、色々な体験活動をベイクの経済圏で感じていただけるようにしています」(山田社長)
ECサイトと実店舗の融合(OMO)を進めて顧客との接点を増やす一方で、店舗におけるコミュニケーションも見直した。
増加した自家需要や「ご褒美スイーツ」としてのニーズに応えられるよう、同一ブランド内でフレーバーの種類を意図的に増やした。
「昔は比較的種類を絞っているのが特徴だったのですが、選択肢を広げたことで、結果的にお客様が購買する点数が維持されています」(山田社長)
「ベイクチーズタルト」では、定番のチーズタルトだけでなく季節に合わせた限定フレーバーを販売している。
撮影:土屋咲花
店舗の出退店は守りの姿勢で進めた。
BAKEの店舗は、コロナ禍前の2019年は国内外で87店舗。2023年6月段階でも同86店舗と数自体は大きく変わっていない。ただ、ブランドごとの内訳を見ると、主要駅への出店が中心だった「ベイクチーズタルト」の国内店舗は27店から16店に減少。一方で、出店コストが低い「プレスバターサンド」は、コロナ禍でも自家需要をつかんでいた百貨店への出店を中心に9店舗から30店舗に拡大している。
こうした戦略の転換と効率的な出退店の結果、2023年6月期の売り上げはコロナ前の2019年6月期と比較して8割程度まで回復している。
2026年にコロナ前の「倍」目指す
山田純平社長。
撮影:土屋咲花
同社は今、再成長戦略を描く。2023年7月を起点とした3カ年計画を策定したばかりで、今期はコロナ禍前を超える売上高を、最終年度の2026年にはコロナ禍前の倍を目指すという。
計画実現に向けた成長の柱は、「OMOの強化」「新ブランド」「海外展開」の三つだ。
経済産業省の調査によると食品のEC化率は3.77%。一般的に食品は手に取って選びたいというニーズも根強い中、同社のEC化率は約7%と高い水準にある。今期は10%、今後3カ年で15%までの引き上げを目指す。40万人のアプリ会員も、店舗の来店者数と比べれば「まだまだ伸びる余地がある」と見る。
さらに、こうした実績をベースに、ECを基軸とした新ブランドの発表を秋ごろに計画する。新ブランドはECを主としつつ、催事や複数ブランドを展開する「BAKE the SHOP」などでリアルな接点を作っていく考えだ。
「アプリ会員数からも分かるように、我々にはファン層がいらっしゃいます。その方に対して我々が新しいブランドを作ることをきちんとコミュニケーションするだけで、一定の方に来ていただけると考えています。
今後は全てOMOを基準にリアルとオンラインをうまく使い分けしながら、お客様の体験を変えていこうと考えています」(山田社長)
海外展開についても、コロナ禍では海外店舗が32店(2019年)から19店(2023年)に減っていた。台湾と香港からほぼ撤退した形だが、今後は未進出の中東や欧州への出店を進めていくという。
「日本の店舗や、BAKEの海外店舗を訪れた人がうちのお菓子を食べてくれて、『誘致したい』とラブコールをいただいている例もあります。今、いくつかの新規国で展開準備を始めています」(山田社長)