WeWorkにある本社オフィスで取材に応じたChatwork・CEO山本正喜氏。
撮影:横山耕太郎
「シリコンバレーに進出した当時は、世界初のビジネスチャットとして注目されました。でも後発サービスがVCから巨額資金を得て一気にやられてしまった。あの悔しさは忘れられない」(Chatwork・CEO山本正喜氏)
ビジネスチャットといえば、シリコンバレー発のSlackやマイクロソフトが手掛けるTeamsなどの外資系サービスが世界で利用されている。
ただ国内だけを見てみると、最も多く使われているビジネスチャットはChatwork(チャットワーク)だということはあまり知られていない。
Chatworkの国内利用数は、登録ID数が664万ユーザー、国内導入社数は43万社を超え、調査会社ニールセンの2023年5月時点の調査によると、月次利用者でも国内1位の規模だった。
そんなChatworkがいま、「チャット一本足経営」からの脱却を目指している。この夏には社名も「kubell(クベル)」に変更、「チャット」という文字を社名から消す。
一度は世界の市場を狙いながらも、その後は国内の中小企業向けに事業を集中し、そしてさらなる大転換を目指すChatwork。
CEOの山本正喜氏に、変化し続けるなかで見つけた「勝ち筋」について聞いた。
大阪のベンチャー、2012年にアメリカ進出
ビジネスチャット業界では、SlackやTeamsが大企業やスタートアップでは多く利用されている。
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「大企業やスタートアップの方には外資に負けた会社といわれることもありますが、国内では我々が利用者数1位。
国内のビジネスチャットの普及率はわずか19%だけで、特に私達が主戦場としている中小企業は、まだメールとFAXの世界。チャット事業でもまだ成長の余地がある」
Chatworkの売りは、使い方や操作画面がシンプルな点にある。例えばSlackなどでは当たり前に実装されているスレッド機能はない。しかし、デジタルに必ずしも強いわけでない中小企業では、迷いなく操作できて受け入れられやすいという。
現在は、主に国内の中小企業が主な顧客となっているChatworkだが、はじめから国内市場だけをみていたわけではない。
Chatworkは2000年、山本氏と山本氏の兄・山本敏行氏(前CEOで2018年にCEO退任)が、大阪府吹田市に前身企業を設立した。2011年3月にChatworkをリリースし、さらに翌年にはシリコンバレーに子会社を設立した。
Chatworkのローンチ当時、Skypeはあったものの個人向けチャット・LINEもなかった時代。当時は「我々が世界を取る」と意気込み、シリコンバレーでの認知を広めつつあったが、アメリカ上陸から2年後の2014年に潮目が変わった。
VCの圧倒的な影響力
「ビジネスチャット業界が注目されたことで一気に参入が増えた。これまでは1年に1個競合が生まれるような業況だったのが、1週間でどんどん競合が出てきた」
2014年にSlackが誕生したとき、Chatworkもまさにシリコンバレーにいたが「Slackはエンジニアに特化したサービス」とみて、ベンチマークにさえしていなかった。しかし、VCから巨額の資金を得ると、VCが優秀なエンジニアと営業、ユーザーまでも大量投入。同業サービスの買収も一気に進めた。
「シリコンバレーにおけるVCの力は絶大だった。大阪発のベンチャーを誇り、自己資金でやってきたのが、資金力に加え英語圏の地の利もあるサービスに持っていかれた。
すぐに、これはもう無理だと思い知らされた」
山本氏も「いくらだったら売れるか」と事業売却を考えたこともあった。しかし国内ではユーザー数も伸びていたため、売却は思いとどまった。
やっと気がついた「攻めるべきは中小企業」
Chatworkは2019年9月に東証マザーズに上場(現在はグロース市場)。
提供:Chatwork
日本市場もSlackにひっくり返されるという覚悟もあったが、VCからの資金調達や、2019年に東証マザーズ市場(現在はグロース市場)上場で獲得した資金で、国内への浸透を目指した組織の改変などに着手した。
またコロナによってリモートワークが普及し、ビジネスチャットが注目を集めた。一方で競合のSlackやTeamsなども国内市場でのシェアを広げた。
「なぜ我々は国内ではユーザーが増えているのか、改めて顧客分析をして初めて見えてきたのが、ユーザーの多くが中小企業だったということ。攻めるべきはここだと気がついた」
山本氏は営業やマーケティング方針を変え「中小狙い撃ち」を鮮明にしたが、こうした路線変更には社内からは反発もあった。
「社員からは『中小企業に一社一社導入しても単価は低い。デジタル化へのニーズも薄いから苦労する』と言われた。
誰もやりたがらない、見捨てられたマーケットだからこそ、ここで勝負したいと説得しました」
2021年から24年までの中期経営計画では、売上高CAGR(年平均成長率)40%を掲げた。毎年100人規模の採用を続け、細かくプランや価格を改定し目標を達成し(売上高CAGRは43.5%)、2023年12月期の売上高も前年比41%増の64億8500万円と売上高を伸ばした。「2026年度までに売上高150億円」と2倍以上の売上高を目標にするが、その成長エンジンと据えるのが、新規事業である「中小企業のDX市場」だ。
バックオフィスの代行に見た「勝ち筋」
出典:Chatwaork『2023年12月決算説明資料』
Chatworkが中小企業に浸透していくなかで、山本氏は、もう一つの可能性に気がついていた。
「チャットツールは仕事の間ずっと使っているSaaS。だからこそ、いろいろな機能を載せられるプラットフォームになれるはずだ」
新たな中期経営計画(2024年〜26年)で打ち出したのが「中小企業No.1 BPaaSカンパニー」という言葉だ。
BPaaS(Business Process as a Service、ビーパース)とは、ソフトウェアを提供するのではなく、業務プロセスそのものを代行するクラウドサービスを意味する。
具体的には人事労務や勤怠管理、請求書処理や経理業務などのバックオフィス業務を代行する。
「社員200人規模の企業でも、勤怠管理や請求処理を総務ひとりで担っているケースも珍しくない。しかも紙で処理している。
だからと言ってSaaSを提案しようとしても、どのサービスがいいのかわからない、使いこなせる人材がいないと言われてしまう。
ならば、SaaSの運用も含めてこちらで全て代行すればいいと考えた」
BPaaS事業では、Chatwork側が各種バックオフィスSaaSやビジネスチャットを組み合わせてDX化した運用を構築する。税理士などの士業との連携し、運用はChatwork従業員が顧客のオペレーションに入り込んで行う。
実際の運営においては、企業対応の窓口となるオペレーション社員が多く必要になるため、別会社を設立して採用を進める。
「一社一社に対応する必要があるので、短期的には泥臭く戦わねばならないことを覚悟している。
ただし、将来的には、AIを活用しオペレーター業務の効率化をどんどん進める」
「また世界に挑戦したい」
Chatworkは2024年7月1日に、社名を「kubell」に変更する。
撮影:横山耕太郎
出典:Chatwork『決算説明資料』
Chatworkの試算によると、中小企業でDXを検討しているコアターゲットの市場規模は2983億円。また中小企業のバックオフィス業務全体にかかるコストは42兆4000億円という巨大市場だという。
「大企業向けにDXを切り出すビジネスモデルは、コンサル企業がすでに手をつけている。だが中小企業向けはまだ。
その意味で『中小企業のアクセンチュア』を目指したい。いまからギアを踏めば、市場のかなりの部分を独占できる」
これまでテック企業として歩んできたChatworkだが、今後はオペレーション人材を多く抱えることになり、経営面では人件費がリスクになる可能性もある。
それでも一気にアクセルを踏むのには、アメリカ市場撤退のときの苦い反省がある。
「当時は自己資金だけで勝負し、資金を集めたサービスに負けてしまった。いいサービスを作ったとしても、届かなければ社会課題は変えられない。
他のサービスが来る前に勝ち切る。そしてもう一度、今度はBPaaSモデルで世界に出て戦いたい」