かつて未公開株への投資はひと握りの大口投資家や富裕層などに限られていたが、状況に変化が訪れようとしている。
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過去12カ月間で208.5%の株価上昇(6月11日終値)を記録したエヌビディア(Nvidia)を筆頭に、AIブームが過熱する中、投資家は二匹目、三匹目のどじょうを探し出そうと血眼になっている。
しかし、グロース(成長)株への投資は企業の成長性や将来性に期待して資金を投じることであり、より高いリスクが伴う。
そうした不確実性を厭(いと)わない投資家の中にはもう一歩踏み込んで、証券取引所に上場する前のAIスタートアップに資金を投じる者もいる。いわゆる「プレIPO(新規株式公開)」投資がそれに当たる。
これまでプレIPOを主戦場にしてきたのはベンチャーキャピタリストたちだ。創業から日の浅い将来有望な企業を探し出し、リスクマネーを提供する対価として株式を取得、IPOにたどり着いたら株式を売却して値上がり益を得て、また次の企業に投資するという具合だ。
この投資戦略はリスクが高く、そもそも誰にでもできることではない。短期的に大きなリターンを得られるわけでもない。
ベンチャーキャピタルとグロースエクイティ、バイアウトの各投資戦略を含む9800本以上のファンドを対象とし、未上場株の動向を示すベンチマークとして使われているケンブリッジ・アソシエイツ(Cambridge Associates)のベンチャーキャピタル指数のリターンは、2023年9月末までの過去1年間で10%の損失を記録。
一方、ニューヨーク証券取引所やナスダック市場に上場している小型株の動向を示すラッセル2000指数の値動きは対照的で、同期間に9%近く上昇している。
プレIPO投資の果実を収穫できるようになるまでには早くても3年ほどかかるようで、ベンチャーキャピタル指数のリターンは過去3年間で見ると16%、同期間のラッセル2000指数が6%、リターンの優劣が逆転する。
ただ、そのように1万本近いファンドを追跡するベンチマークが一定の傾向を示しているとは言え、未公開株を3年以上保有すればリターンが確実に得られるというものでもなく、個別の投資先次第で損失を出す可能性は十分にある。
従来、プレIPOのスタートアップに資金を提供できるのはひと握りの大口投資家か、米証券取引委員会(SEC)の定める「適格投資家」、すなわち収入が3年間連続して20万ドル超もしくは保有する純資産が100万ドル超の個人に限られていた。
そうした厳しい制限が設けられてきた理由は、(1933年米国証券法に従って)登録されていない証券はリスクが高く、取引がSECの適切な監視下に置かれていないからだ。
未公開株へのアクセスに新たな「選択肢」
ところがごく最近では、未公開株を大量購入してユーザーに転売するプラットフォームが相次いで登場し、個人投資家でもそのプラットフォームを利用することでプレIPO市場にアクセスできるようになった。
数千ドル単位の資金を有し、それをアーリーステージのスタートアップに投じるリスクを厭わないのであれば、新たな選択肢になり得るだろう。
そうした未公開株へのアクセスを提供する数多ある投資プラットフォームの一つ、リンクトゥ(Linqto)のジョー・エンドーソ最高経営責任者(CEO)は、上場する企業の数が減る一方、手続きが煩雑で費用も嵩むため株式公開までに時間をかける企業が増えている現状を踏まえれば、(転売プラットフォームは)素晴らしい選択肢だと語る。
また、ベンチャーキャピタルからの出資やプライベートクレジット(非公開の直接融資)の増加も、スタートアップが株式公開を急ぐ理由を薄くしているという。
AIのような成長分野に早い段階で一枚噛んでおきたい投資家にとって、未公開株へのアクセスを提供するプラットフォームの活用は、上場して株価が極端に上昇してしまう前に有望企業の株式を手に入れるチャンスだ。
その企業が上場を果たした場合、投資家は事前に購入した未公開株を現金化して受け取ることもできるし、公開後の現物株式を受け取って将来性へのエクスポージャーを維持することもできる。
未公開株投資の留意点
ただし、このプレIPOフェーズの株式購入が果たして投資ポートフォリオのグロース部分を分散させる価値のある選択肢かどうかを判断する前に、あらかじめ踏まえておくべきことがいくつかある。
前出のエンドーソ氏によれば、その第一は、一方が他方より多くの情報を有する場合に生じる、いわゆる「情報の非対称性」の存在だ。
投資家(株主)に対する情報提供のため四半期報告書の開示を義務付けられている上場企業と違って、未公開企業は透明性が低く、健全性を判断するための情報が極めて限られている。
第二に、非公開株の取引市場は流動性が低い。
ボタンを押して数ミリ秒で売却できる上場株式とは異なり、未公開株の売却にはどうしてもタイムラグが生じる。前出の転売プラットフォームを通じて株式を売却することはもちろん可能だが、同じプラットフォーム内に購入したいと考える買い手がいなければ取引は成立しない。
第三に、転売プラットフォーム上で取引されている未公開株の発行企業は数カ月ないし数年以���の上場が予測されるものの、あくまでそれは予測にすぎず、保証ではないということ。
第四に、上場後に一定期間の株式売却が制限される「ロックアップ制度」が存在すること。具体的な期間は引受・売出し業務を担う主幹事証券会社によって決定される。
プレIPOフェーズで株式を購入した投資家は、通常3~6カ月間市場での売却が禁じられる。一方、上場後に株式を購入した投資家はいつでも自由に売却できる。
なお、提供事業者によって異なるものの、転売プラットフォームを通じて購入したプレIPOフェーズの株式は、ロックアップ期間中でもプラットフォームを経由して他の投資家に売却できるという。
未公開AIスタートアップの上場例として挙げられるのが、3月20日にIPOを実施したアステラ・ラブズ(Astera Labs)だ。
前出リンクトゥのデータによれば、株式公開前の2023年12月から24年2月にかけて同プラットフォームで売却されたアステラ・ラブズ株の売買高加重平均価格(VWAP)は24.22ドル。
直近の取引価格(6月11日終値)が65.13ドルなので、プレIPOフェーズから継続保有している株主のリターンは169%ということになる。
ただし、エンドーソ氏によれば、上場後から4〜5カ月間のロックアップ期間中であり、市場での売却による現金化はまだできない。
IPO前の注目株5社
リンクトゥのエンドーソ氏はBusiness Insider編集部の取材に対し、今後IPOに踏み切ると予想されるAIスタートアップの中から、最有望株と評価する5社を挙げた。
1社目は、AIチップメーカーのセレブラス(Cerebras)。先行する競合他社の2倍の性能を誇る世界最速のAIチップ「WSE-3」を3月中旬に発表したばかり。オープンソースの大規模言語モデル(LLM)も提供する。
ブルームバーグ報道(4月2日付)によれば、同社は早ければ2024年下半期にもIPOを実施する計画。
2社目は、アマゾン(Amazon)から総額40億ドルという巨額の出資を受けたAI研究開発企業のアンスロピック(Anthropic)。
経営トップのダリオ・アモデイ氏はOpenAI出身。対話型AI「ChatGPT」の基盤技術となるLLM「GPT-2」「GPT-3」などの開発に5年近く関わった。
同社は安全性を最優先して対話型AI「Claude(クロード)」の開発を進めていると言われる。
3社目は、実業家のイーロン・マスク氏率いるAI開発企業、xAI(エックスエーアイ)。
創業から1年足らずの5月下旬、セコイア・キャピタル(Sequoia Capital)やアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)などから60億ドルの巨額資金調達を実現した。
3月末に最新LLM「Grok-1.5」を発表。文書のみならず図表や写真、スクリーンショットなど高度な画像認識の可能なマルチモーダルAIへと進化を遂げた。
4社目は、2015年に創業した航空宇宙・防衛技術企業のShield AI(シールドエーアイ)。垂直離着陸(VTOL)無人航空機システム「V-BAT」やAIパイロット「Hivemind(ハイブマインド)」の開発を進める。
5社目は、AI開発者向けのGPU(画像処理装置)クラウドプロバイダー、Lambda Labs(ラムダ・ラブズ)。AIのトレーニングや推論用途にエヌビディア(Nvidia)の最新GPUインスタンス(クラウド環境における仮想サーバー)をオンデマンドで提供する。