撮影:小林優多郎、グランドグリーン
2020年にノーベル化学賞の受賞テーマにもなった「ゲノム編集」。
それまでの手法と比較して、安く、簡単に、効率的に生命の設計図であるゲノムを改変できるようになったことで、生命科学の研究現場に大きなインパクトを与えた技術だ。その影響はいまや、産業面にも及んでいる。
日本でも、ゲノム編集を医薬品開発や食分野に応用する期待が高まっている。京都大学発ベンチャー・リージョナルフィッシュの「肉厚マダイ」や筑波大学発ベンチャー・サナテックシードの「GABA高蓄積トマト」など、ゲノム編集を活用して作られた食品が既に市場投入され始めている。
そんな中、新たにゲノム編集を活用したスタートアップとして期待されるのが、名古屋大学発スタートアップのグランドグリーンだ。CEOの丹羽優喜さんに、創業の経緯や、ゲノム編集ベンチャーとして先行する2社との立ち位置の違い、目指す方向を聞いた。
※取材の様子は、こちらのYouTubeや各種Podcastサービスからご覧いただけます。
「ゲノム編集技術の汎用化」を求めて研究からビジネスへ
丹羽さんは、グランドグリーンの創業前、京都大学で基礎研究に打ち込む研究者だった。ただ、丹羽さん自身は、昔から研究者を目指していたわけではなかった。
「子どもの頃から農業やバイオの世界で価値を生み出すことを夢想していたんです」
これがスタート地点だった。
丹羽さんが中学生だった頃、ちょうど「遺伝子組換え」の技術が話題に。
「科学技術によって食にまつわるさまざまな課題が解決できるかもしれない——」
そう憧れた丹羽さんは農業高校に進学。その後、研究に携わるために京都大学へと進学を果たした。ただ、思い描いていた「科学技術を使って世界に価値を生み出すこと」の実現には壁があった。
当時、遺伝子組換え食品は消費者の不安などもあり、社会的になかなか受け入れられない状況が続いていた。
「遅まきながらそこに気づいたんです。だから当時は、科学的な知見を深めていくことで、将来の人たちが何か世の中の役に立つ使い方をしてくれることもあるんじゃないかと思い、基礎生物学・植物学の領域で研究することにしました」
研究者としての道を歩み始めた丹羽さんだったが、博士号を取得した頃に大きな転換点を迎えることになる。後にノーベル化学賞を受賞することになる、「CRISPR/CAS9(クリスパー・キャスナイン)」を使ったゲノム編集技術が登場したのだ。
ゲノム編集のイメージ。ゲノム編集は2020年にノーベル化学賞の授賞テーマとなった。
MicrovOne/Getty Images
遺伝子組替え技術とは異なり、自然界でも生じるメカニズムで品種改良を進めるゲノム編集に対し、
「もともと自分がやりたかった『バイオ技術の知見を世の中に活用していく』という上で非常に未来のある技術なんじゃないか」
と大きなポテンシャルを感じたという。
ただ、コストも安く、手軽に効率良く遺伝子を改変できると言われるゲノム編集には課題もあった。
作物や品種によってゲノム編集をするために必要な「ツール」や「条件」が異なるため、農業の品種改良の現場で汎用的に使うことが難しかったのだ。
「ゲノム編集をいろいろな作物に使うための技術は成熟していないなと感じました。そういった問題意識も現場の実感としてあったので、自分が取り組むべきことなんじゃないかと思ったんです」
ゲノム編集を現場が使いやすい汎用的な技術に変えるために、丹羽さんは創業を決意。名古屋大学の研究者と一緒にグランドグリーンを立ち上げることにした。
ゲノム編集で食のポテンシャル解き放つ
撮影:小林優多郎
グランドグリーンでは、ゲノム編集を活用した汎用的な品種改良技術を開発している。
ゲノム編集を品種改良に活用する方法はいくつかあるが、丹羽さんによると一般的な手法は作物から「カルス」と呼ばれる葉や茎に成長できる未分化の細胞の塊を作り出し、その塊にゲノム編集ツールを送り込むというもの。
細胞の塊にゲノム編集ツールを送り込んでも、実際に遺伝子が改変されるのはせいぜい数十%程度の細胞だけだ。そのため、カルスは「ゲノム編集された細胞」と「されていない細胞」が混ざった「キメラ状」の個体として成長していく。
そこから得られた種には、同じように遺伝子改変されたものとされていないものが一定の割合で混在する。この種を育て、狙った特徴が現れている(ゲノム編集が成功している)個体を選別し交配を重ねることで、新しい品種を生み出すことができる。
カルスの作りやすさ、ゲノム編集ツールの最適な送達方法、ゲノム編集による遺伝子の編集効率、カルスからの再生のしやすさ……。各工程で使われる技術やその成功率は、作物や品種によって大きく異なっており、「毎回それらを試行錯誤するだけで何年もかかってしまう状況」(丹羽さん)だった。
細胞を培養する様子。
画像:グランドグリーン
グランドグリーンはこの課題に注目。
「植物が再生する部分は生物学的なプロセスに依存します。
そこで、今までのカルスとは異なる『再生しやすい状態の細胞』を用意し、その細胞に使用するゲノム編集の手法を最適化することで幅広い作物や品種に適用できる手法を確立しようとしています」
この技術を活用した初の事例として、グランドグリーン社内でトマトの新品種の市場化を目指している。もともとリコピンを多く含むようなトマトの品種に対してゲノム編集を施し、さらに高糖度、高収量という特徴を付与しようとしている。
グランドグリーンが開発を進める高糖度のトマト。
画像:グランドグリーン
加速したいのにアクセル踏めない、アグリビジネスの悩み
ゲノム編集は、特定の遺伝子をピンポイントで改変する技術だ。ただ、「すごい」品種を生み出すには、改変前の植物が良い品種であることが欠かせない。
加えてアグリビジネスならではの悩みとして、品種改良には年単位の時間がかかる難しさがある。たとえ自社で良い品種を開発できたとしても、販売を開始してから世間へ浸透するまでのリードタイムが長く、短期的なマネタイズが難しい。
グランドグリーンは、事業の柱を「共同開発事業」に置き、種苗メーカーや食品メーカー、農業、環境ビジネスをする企業など、さまざまな業界の10社以上とパートナーシップを結んでいる。新しい品種の研究開発に対してアイデア出しから協力して進めており、開発パイプラインはすでに25にものぼる。
Jupiter Cat
応用の範囲も、「食」に関する作物だけにとどまらない。
バイオ燃料の開発で知られるレボインターナショナルと共同研究では、植物由来のバイオ燃料の製造を目指す。
「彼らはベトナムでバイオ燃料(油)の原料になるジャトロファという植物を栽培しているんですが、油をよりたくさん作るような品種改良に一緒に取り組んでいます」
ゲノム編集技術の社会実装を進めていく上では、消費者の不安にどう向き合うかも大きな課題だ。
丹羽さんは「遺伝子組換えとゲノム編集の違いなどが浸透しているわけではないので、みなさん慎重になっている面はあると思います」とした上で、プロダクトがそこまで社会に出てきていない現状では、ゲノム編集そのものの説明を尽くしても、最終的には「それは安全な作物なのか?」と堂々巡りの議論になってしまうのではと指摘する。
「結局、品種という形でみなさんに手に持っていただく。(ゲノム編集という)技術に形を与えて、生み出された食べ物を食べたいかどうかだと思うんです」
ゲノム編集は、より良い品種をつくるためのツールの1つにしか過ぎない。
「品種は人類の宝のようなものだと思うんです」
さまざまな技術、パートナーと連携しながら、新たな「宝」を生み出そうとしている。
※この記事は、Business Insider Japanのビデオポッドキャスト番組「DeepTech研究所」の内容を一部編集したものです。全編をご覧になりたい方は、各種ポッドキャストサービスかYouTubeをご利用ください。