4月10日、日米首脳会談で核融合発電を実現するための共同パートナーシップが発表された。
REUTERS/Elizabeth Frantz
次世代のエネルギー源として国内外で注目されている核融合技術の実証・産業化に向けて、4月10日に開かれた日米首脳会談に合わせて、日米両国の共同パートナーシップが発表された。
声明には、日本とアメリカの大学、研究所、民間企業それぞれのレイヤーで研究開発における協力や、人材交流を発展させていく旨などが盛り込まれている。
一方で、
「我々が下請けになるのか、それともプレイヤーとしてしっかりと競争力を持ってやっていくのか、岐路にいると考えています」
と、九州大学都市研究センターで核融合工学などを専門とする武田秀太郎准教授は指摘する。
武田准教授のガイドのもと、今回の日米共同声明の背景やインパクト、そして日本が置かれている現状を読み解く。
「アメリカファースト」から協力体制への変化
日米首脳会談後、日米共同記者会見に参加するバイデン大統領と岸田首相。2024年4月10日撮影
REUTERS/Aaron Schwartz/NurPhoto
4月10日の日米首脳会談で取りまとめられた日米首脳共同声明「未来のためのグローバル・パートナー」 では、
「フュージョンエネルギーの実証及び商業化を加速するための日米戦略的パートナーシップの発表を通じたフュージョンエネルギー開発を含む次世代クリーン・エネルギー技術の開発及び導入を更に主導する」
と、核融合の実現に向けた1文が盛り込まれた。
ここでいう日米戦略的パートナーシップとは、日米首脳会談に先駆けて実施されたアメリカエネルギー省のデービッド・M・ターク副長官と日本の盛山正仁文部科学大臣の会談で発表された「フュージョンエネルギーの実証と商業化を加速する戦略的パートナーシップに関する共同声明」を指す。
このパートナーシップの中で武田准教授が重要なポイントだと指摘するのは、研究開発における協力関係だけにとどまらず、産業を巻き込んだ形でグローバルレベルでのサプライチェーンの構築など社会ライセンスにまで踏み込んだ点だ。
「核融合という技術については、経済安全保障、エネルギー安全保障の中で、国同士の競争関係が既に生まれています。その中で、サプライチェーンや産業についてのパートナーシップにまで踏み込んだ声明を首脳レベルで出したということは、日米同盟の強固性を現していると思っています」(武田准教授)
共同声明の文言自体は比較的抽象度が高い。実際、声明にも具体的に日米の間でどのようなパートナーシップが必要なのか明確化していく必要性が指摘されている。
ただそれでも、もともと「アメリカファースト」の考え方を持ち、核融合のサプライチェーンを自国でカバーしようとしてきたアメリカから協力姿勢を引き出せたことは大きな意味があるのではないかと、武田准教授は言う。
核融合産業「日本なしでは成立しない」
南フランスのサン・ポール・レ・デュランで進むITER計画。写真中央の建物の中で、各国から送られてきた装置の組み立てが進んでいる。2023年9月に撮影
ITER Organization/EJF Riche
武田准教授は、アメリカはここ数年の間に核融合分野で自国主義から協調姿勢に徐々に変わっていったと言う。
「アメリカはもともとレーザー核融合に注力していたのですが、2〜3年前から磁場閉じ込め型※の核融合発電を早期実現しようという動きが加速してきました。
実際にものづくりを始めていくと、他国の製品、特に日本製品なしにサプライチェーンの構築がなし得ないことに気がついたのが昨年��たりだったのではないかと思います」(武田准教授)
※磁力を使ってプラズマを閉じ込めることで、核融合反応を起こす炉
2022年12月13日、アメリカ、ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)の国立点火施設(NIF)から、レーザー核融合によって「燃料に投入したエネルギーよりも多くのエネルギーを生成する」というブレークスルーを達成したことが発表され大きな話題となった。
LLNL
実際、日本のメーカーの中には、EUや中国など7極が参加する核融合の国際プロジェクト「ITER計画」で主要部品を提供している素材・材料メーカーが複数ある。2023年5月に105億円の資金調達を発表して話題となった京大発核融合ベンチャーの京都フュージョニアリングも、要素技術に強みを持ち、イギリスの原子力公社やカナダの原子力研究所と連携するなど国際的に評価が高い。核融合は日本のハード面の強みが生かせる分野だ。
またアメリカは、今回の日本とのパートナーシップに先駆けて、2023年11月にイギリスとも核融合におけるパートナーシップを締結している。武田准教授によると、イギリスは核融合の人材育成や政策といったソフト面で非常に進んでいるという。
つまり、今回の日米の共同声明によって、「アメリカは核融合分野においてソフトだけではなく、ハード面でも自国主義から脱し、パートナー国と協調して取り組んでいく方針・体制を整えた」と捉えることができる。
ただここで気にしておきたいのが、日英それぞれのパートナーシップに対する、アメリカの姿勢の違いだ。
日本は「下請け」か「競争相手」か
日米英中の核融合発電に向けたロードマップの比較。日本は具体的なロードマップが未整備の��況だ。
画像:今枝副大臣フュージョンチーム資料より
実は、米英の声明を見ると、技術協力・人材交流などを進めていく旨が記載された点は日米の声明と同様だが、アメリカのマイルストーンプログラムとイギリスが2040年の実現を目指して進めている商用炉の計画(STEP)といった発電炉の実現に向けた主要プログラムがパートナーシップの対象から「外れる」ことが明記されている。一方、日米の声明では、アメリカのマイルストーンプログラムについての記述がない。
武田准教授は、
「(イギリスとのパートナーシップでは)国際協調と競争を切り分けたわけです。研究開発は国際協調でやりながら、『発電の実現』という競争は各国でやるということが明確です。今回の日米の声明では、そこに対する言及はありません。サプライチェーン、産業にする部分でも協力していくという文脈になっている点が、核融合分野においても日米が同盟として進めていくという意思表示になっていると感じています」(武田准教授)
とアメリカとの距離感の違いが影響しているのではないかと指摘する。
ただ、うがった見方をすれば、単に日本がアメリカから核融合発電の早期実現に向けた「競合」と捉えられていないだけとも捉えることができる。
実際、日本では発電実証炉を2045年、2050年ごろに実現するという目標はあるものの、イギリスにおける「STEP」ほど具体的なロードマップを描けていない。誰が(どの組織が)このプロジェクトを主導するのかも決まっていない。「核融合発電」の実現に向けた本気度が見えにくい状況だ。
武田准教授は、こういった状況を踏まえると
「(アメリカから)国際競争の強力なライバルと見られていないという推測も成り立つとは思います。
日本の核融合業界には、バックキャスト(未来像から逆算すること)して計画を立てていく発想が不足している考えています」
と、日本が抱える課題を指摘する。
現状、イギリスは2040年に、米中に至っては2040年以前に核融合発電を実現する計画を示している。核融合のこれまでの変遷を考えると「本当に実現できるのか」という疑問は常に尽きないが、いずれにせよ各国が現状で定めた目標に向けて、バックキャスト的に実証試験の計画などを進めている状況だ。
本当に2040年、2035年に核融合発電が実現できた場合、日本が後からサプライチェーンに入っていくことは相当難しくなってしまう。
「日本として、核融合のサプライチェーンを押さえにいくのであれば、少なくとも諸外国と同じタイミングでサプライチェーンの構築を終えていなければなりません。それができなければ、最上流である『炉を作る』部分も押さえることができないのは自明だと思っています」(武田准教授)
アメリカにとって、日本は核融合発電を実現するために必要な素材を提供する、単なる「下請け的な存在」にとどまってしまうのか。
日本では、この3月にフュージョンエネルギー産業協議会が設立。2月には、自民党のフュージョンエネルギープロジェクト(PT)が立ち上がり、発電目標の実現前倒しを含めた政府への提言を取りまとめている。武田准教授も文部科学省の今枝宗一郎副大臣のフュージョンチームに有識者として参加している。
「発電目標で遅れを取っている現状は、負け戦を戦っているのと同じです。
今回の日米共同声明は、国際協調をしていくことを示すものですが、一方で国際競争の部分もあることを忘れてはいけません。アメリカと対等に張り合えるように、一層頑張らなければならないと思います」