2015年に星野リゾートトマムを取得した豫園商城が6月末、同リゾートの売却を発表した。
星野リゾートニュースリリースより
中国のコングロマリット「復星集団」傘下の上海豫園旅游商城(以下、豫園商城)が6月29日、スキーリゾート「星野リゾートトマム」(以下、星野トマム、北海道��冠村)を408億円で売却すると発表した。
豫園商城が2015年に星野トマムを取得したときも、今回の売却発表でも、「中国企業」のインパクトが独り歩きし、グループ会社が仏リゾート大手Clubmed(クラブメッド)を保有していることも含め、日本や世界の観光業との関わりは日本メディアでほとんど説明されていない。
星野トマムの売却を機に、豫園商城とその親会社がどんな会社なのか、そして日本での観光投資について2回に分けて紹介する。
「中国のバフェット」の決断
豫園商城は6月29日、星野トマムの売却を発表した。発表資料によると「トマム ザ・タワー」(535室)、「リゾナーレトマム」(192室)「クラブメッド・北海道トマム」(341室)の3ホテルとスキー場から構成される資産を保有する実質的な子会社「新雪」(千代田区)の株式を、不動産投資などを手掛ける合同会社YCH16(東京・港区)に408億3721万円で売却する。
26日に取締役会で決議し、28日に売却契約を交わした。
冒頭で説明した通り、豫園商城は復星集団の傘下企業なので、まず同集団について説明したい。
復星集団の郭広昌董事長は「中国のウォーレン・バフェット」として国際的に知られるようになった。
Reuter
復星集団は1992年、郭広昌董事長(会長)が学生時代の友人と起業した。郭董事長はその3年前に復旦大学(上海)を卒業し大学職員を務めていたが、中国の最高指導者だった鄧小平氏が改革開放路線を進めていたのを背景に、実業に身を転じた。
郭董事長が国際的に知名度を上げたのは、欧米の著名企業を次々に買収し、「中国のウォーレン・バフェット」と呼ばれるようになった2010年代だ。
世界各国のリゾートでホテルなどの施設を運営する仏クラブメッド(2015年)、高級アパレルの仏ランバン(2018年)、他に欧米の金融・保険企業も多数取得し、医療、保険、旅行、製造など多様な事業を手掛ける巨大コングロマリットとして知られるようになった。ちなみに2018年には、 アサヒグループホールディングス から青島ビールの株式も取得している。
復星集団は現在、「グローバル」という大きな方向性の下、傘下企業を「医療ヘルスケア」「家庭の幸福」「金融保険」の3大事業に分類している。「家庭の幸福」というと分かりにくいが、要するに家族顧客向けの小売りや流通など消費ビジネスだ。星野トマム、ランバン、クラブメッドあたりはここに属する。
なお、復星集団は多くの企業からなるグループだが、投資会社としては復星国際が香港証券取引所に上場しており、豫園商業、復星医薬、復星ポルトガル保険、復星旅游文化の4社が中核子会社と位置付けられている。
世界遺産の管理から事業を多角化
というわけで、星野トマムの所有者だった豫園商城は復星集団の中核子会社の一社だが、どのような企業なのか詳しく説明された日本語の報道は見当たらず、筆者も今回徹底的に調べて「へ~」を連発した。
中国に関心があって本連載を読んでいる読者なら、「豫園」という言葉自体は知っているだろう。
豫園は世界遺産にも登録されている古い庭園で、上海を初めて訪れた観光客はほぼ訪れる超有名観光スポットだ。日本でいうと金閣寺のような存在と言えるかもしれない。筆者が最後に訪れたのは、小学生に息子を連れて行った10年前。もっとも息子は庭園に興味を示さず、敷地内にある上海で最も有名な老舗小籠包店「南翔饅頭店」で、小籠包を山ほど食べた記憶が残る。
豫園は上海旅行で最も人気のある観光地でもある。
Reuter
豫園商城は、この「豫園」の管理を祖業とする1987年に設立された老舗企業で、1990年に上海証券取引所に上場した。同社の公式サイトなどによると、改革開放による中国の市場化とともに歩んできた「小売り・サービス業の上場第一陣企業」だという。ちなみに南翔饅頭店を運営しているのも豫園商城である(南翔饅頭店も日本に数店舗構えている)。
つまり豫園商城が星野トマムを所有していたのは、金閣寺と参道の店舗運営を束ねる企業がスキーリゾートに投資しているようなものだが、なぜそんなことが起きたのだろうか。
おそらくであるが、復星国際が2002年に豫園商城の株式を20%取得したのを機に、同社は復星グループとして事業の多角化を始めた。復星国際の出資比率は2018年に70%まで上がり、同年のグループ再編で豫園商城は「家庭の幸福消費ビジネス」を担う位置づけとなった。
同社はこの間、祖業の一つである飲食・小売りからペット商品、リゾート開発まで手広く手掛けるようになった。「消費ビジネス」と不可分である都市開発にも積極的で、南京や成都、武漢など大都市で大規模商業施設の開発プロジェクトに参画している。
豫園商城の売上高の6割を占めるのは、ゴールドジュエリーの販売だ。特に近年は金投資ブームを追い風に宝飾店2ブランドの事業を拡大しており、海外の宝飾品メーカーも傘下に収めている。一方、2022年12月通期の決算をみると、リゾート事業は売上高全体の0.6%ほどしかなく、ほとんどが星野トマムによるものだ。
星野リゾートと復星、思惑の一致
豫園商城は2015年に星野トマムを取得したのだが、ここで星野トマムの歴史を振り返ってみたい。
星野トマムはもともと、過疎化が進む北海道占冠村の振興策として1980年代に第三セクター方式で開発が進んだリゾートだ。1983年にスキー場やホテルなどから構成される「アルファリゾート・トマム」が開業、その後もゴルフ場や超高層ホテルが次々に建設された。
だが、バブル崩壊後に開発元の民間企業が経営破たんし、加森観光が運営を継承した。さらに2004年、ホテルの事業再生を手掛けるようになった星野リゾートが施設の一部を取得し、2社による運営体制を経て、2005年に星野トマムによる単��運営となった。
豫園商城は2015年、米系ファンドと星野リゾートから星野トマムの全株式を183億円で取得した。リゾートの4割を所有していた村とも2017年に調停が成立し、施設を買い取った後に一部をクラブメッドのホテルとしてオープンした。
星野リゾートが星野トマムの施設を売却したことについて、星野佳路代表は東洋経済のインタビューで、「所有と運営の分離を進め、運営に専念するため」と答えている。
2015年は中国の経済成長と円安を背景に訪日中国人旅行者が急増し、「爆買い」という言葉が流行語に選ばれた。クラブメッドを取得し、中国人の海外旅行の成長を視野に日本での投資機会を探していた復星集団が、人気旅行地である北海道のリゾートに魅力を感じたのも十分に理解できる。ただ、中国企業が日本の観光施設を買収したことは大きな波紋を呼んだ。
トマム売却前年の奇妙な動き
では豫園商城はなぜ、コロナ禍が収束し、日本のインバウンドが急回復しているこのタイミングで星野トマムを手放す決断を下したのか。日本での報道のほとんどが、不動産不況を背景に復星国際が資産売却を進めており、非中核事業を切り離したと分析している。
だが、それら報道が見落としていることがある。
豫園商城は2023年に北海道赤井川村のスキーリゾート「キロロリゾート」を160億円で取得しており、リゾート事業を拡大する動きを見せていたのだ。また、復星国際の資産売却は2022年がピークで、コロナ禍が収束した2023年以降は、旅行事業がけん引する形で業績が回復している。リゾートが復星集団にとって非中核事業だとはとても思えない。
次回、星野トマムを巡る謎解きを、復星国際と豫園商城、そして別のグループ会社それぞれの視点からさらに進めて行きたい。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。