12月5日に核融合反応を実現したNIFの実験装置。NIFは「スポーツスタジアムほど」の巨大な施設だ。
LLNL
12月13日、脱炭素を目指す人類のエネルギー政策を大きく変える可能性を秘めた研究成果が、アメリカエネルギー省(DOE)から発表された。
アメリカ、ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)の国立点火施設(NIF)の研究チームが、核融合研究における大きなマイルストーンである、「核融合を発生させるために燃料に投入したエネルギーよりも多くのエネルギーを生成すること」を達成したのだ。
アメリカ大統領科学顧問のArati Prabhakar博士は、今回の成果について
「核融合は1世紀前から理論的には知られていましたが、解明から実現までの道のりは長く、困難なものでした。今日のマイルストーンは、私たちが根気よく努力することで何ができるかを示しています」
とコメントを寄せている。
なぜ核融合がいま注目されるのか
12月13日にアメリカ、エネルギー省の会見で質疑に応じる、ローレンス・リバモア国立研究所のキム・バディル所長。
REUTERS/Mary F. Calvert
核融合とは、2つの原子の原子核同士を融合させることで、1つの重い原子核を作る現象だ。この反応の際に、大量のエネルギーを放出することから、人類は何十年にもわたってこの反応を人工的に再現し、エネルギーを得ようと研究を進めてきた。
太陽が常に光り輝いているのは、主成分である水素が核融合反応によってエネルギーを放出し続けていることによる。このため、核融合炉は「地上で太陽を再現する技術」とも言われている。
世界で脱炭素の流れが加速してきたここ数年の間には、二酸化炭素を排出しない新しいエネルギー源としても注目が集まり、多額の民間投資も集まるようになってきていた。米核融合産業協会(Fusion Industry Association)の2022年版のレポートによると、核融合産業に民間から投じられた資金はこれまでに累計47億ドルにものぼるという。
レーザー核融合の「損益分岐点」を突破
核融合炉を実現する手法はいくつかある。例えば、フランスに建設されている国際プロジェクト「ITER」では、磁力を利用して核融合を発生させる手法を採用している。一方、今回NIFが実現したのは、「高出力のレーザー」を利用する、全く違うタイプの核融合だ。
NIFでは、凍らせた核融合の燃料が詰まった数ミリサイズのカプセルに対して、周囲に設置した192本の高出力レーザーから強力なレーザーを照射。試料が詰まっているカプセル内が超高温・高圧になることで、燃料が内側に一気に圧縮される(爆縮)ことで、核融合反応を引き起こす(「慣性閉じ込め型核融合」という)。
レーザー核融合では、高出力のレーザーを稼働させるために大量のエネルギーを消費する。そのため、実際にレーザー核融合の技術を使ってエネルギーを得ようとするには、少なくとも燃料に投入したエネルギー以上のエネルギーを核融合反応によって発生させる必要があった。
これはいわば、レーザー核融合の「損益分岐点」に相当する。
2021年夏、NIFは1.8MJ(メガジュール)のエネルギーを投入して、約70%に相当する1.3MJのエネルギーを生成したことを発表していた。これは、それまでに知られていたレーザー核融合で生成されたエネルギーの25倍に相当するエネルギーであったことから、業界では非常に大きなブレークスルーとして話題となった。
そしてそれから約1年後の12月5日、NIFは1年前の成果を大きく上回る、燃料に投入したエネルギー2.05MJに対して、約1.5倍に相当する3.15MJのエネルギーを生成したことを確認した。
差分である約1MJのエネルギーは、ざっくり計算すると約2リットルの水の温度を100度上げるくらいのエネルギーだ。そう言われるとそこまで大きなインパクトを感じないかもしれないが、それでも「レーザー核融合によってエネルギーを得る」というこれまで理論的にしか予測できていなかったことを実証できたことの科学的な価値は大きい。
核融合の燃料を閉じ込めておく装置。12月5日の実験で使用されたものと同じタイプのもの。内部に収納された燃料の大きさは数ミリメートル程度。
LLNL
「物理実験の世界から炉工学の世界へ」
今回NIFが発表した成果は、科学的には大きな意味を持っている。
一方で、ではすぐにレーザー核融合の商用炉を実現できるのかと言われるとそうではない。むしろやっと「第一歩目」を踏み出したところだとも言える。
まず第一に、今回の研究結果は、「スポーツスタジアムほど」の巨大な施設であるNIFで実現されたものだ。これをそのまま発電設備として応用していくことは現実的ではない。実際に商用炉として連続的に稼働させるには、毎秒何個もの燃料に連続的にレーザーを照射し、核融合反応を発生させてエネルギーを得続けるようなシステムを構築する必要もある。
加えて言えば、今回、燃料に投入したエネルギーよりも大きなエネルギーを生成できたといっても、そのエネルギーを電気などに変換する際には、必ずシステム全体でエネルギーロスが生じる。また、イギリスの科学誌『nature』は、NIFの192本のレーザーを「稼働させる過程」で、322MJのエネルギーが消費されてているとも指摘している。
今回、「燃料に投入されたエネルギー」よりも多くのエネルギーを生成することができたことは、確かに歴史的な成果だ。しかし一方で、核融合炉を実用可能なレベルにまで引き上げるには、システム全体で消費したエネルギーよりも多くのエネルギーを得られるようになる必要がある。
こういった事情を鑑みると、核融合炉の実現に向けてまだまだ技術開発が必要になることは間違いない。
今回の成果について、日本国内にある核融合ベンチャーはどう見ているのか。
国内初の核融合ベンチャーであり、イギリスの核融合炉開発プログラムの概念設計にも携わっている京都フュージョニアリングの長尾昂代表は、Business Insider Japanの取材に対して
「今回の発表は、レーザー核融合の主軸も物理実験の世界から炉工学にシフトし出すことを意味しており、今後は熱取り出しや連続運転、燃料サイクルなど工学から見た課題アプローチがよりいっそう必要となってきます。業界にとっても我々にとっても大きなニュースです」
と、核融合に関する世界観が一つシフトしたのではないかと指摘する。
また国内で唯一、レーザー核融合の実現を目指しているスタートアップ、EX-Fusionの松尾一輝代表は
「今回の成果により、レーザー核融合発電の基本原理を検証することができました。レーザー核融合商用炉の実現にとっては非常に大きな一歩ではあるものの、核融合エネルギーへの道のりはまだ長く継続的な開発が必要です。特に核融合の効率化と、炉に向けた繰り返し技術開発が必須となってきます」
と、商用炉の実現に向けて、依然として技術開発が必要になってくると冷静なコメントを寄せた。