謎に包まれた「海面清掃船」に密着。意外と知らない「プラスチックの行方」も

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撮影:荒幡温子

日本有数の工業地帯・川崎。1隻の船が貯蔵��ンクや倉庫が立ち並ぶ運河を走っていく。

たも網を持った作業員がすくうのは魚……ではなくビニール袋だ。

船の名前は「海面清掃船」。川崎の海には、いったいどんなごみが浮かんでいるのだろう。

平日は3時間。ごみを集めるベテラン船

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双胴船というタイプの船で、ローターでゴミをかき込み、後方の赤いかごに集める。目視で確認できるごみは、作業員によってたも網で回収する。

撮影:荒幡温子

海面清掃船は、1964年から川崎の海でごみを集める。現行の「つばき」は、40年も活躍するベテラン船だ。

この一帯は大型船の往来も多く、海洋ごみは航行の妨げになるため、平日2回・計3時間、周辺地域を巡回して清掃にあたる。

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ペットボトル、ゼリー飲料のパッケージ、包装フィルムなどが浮いている。

撮影:荒幡温子

水面を覗くと、例えばガムのゴミや包装フィルムなど目立たないものも多いことが分かる。ペットボトルも1本ぷかぷか浮いているのが見えた。

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撮影:荒幡温子

この日は駐車場に置かれているポールやヘルメットなど、大型のものもいくつか回収されていた。

ほとんどが多摩川からのごみ

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水分を含んだごみはリサイクルができないため、一定期間乾かされる。

撮影:荒幡温子

実はこうしたごみは、一部は東京湾から流れ着いたものもだが、多摩川からやってくるごみも多い。

川崎市の集計によれば2023年度は327立方メートルものごみが集まった。ペットボトルは最も多い漂流物の一つで、海面清掃船を運営する川崎清港会は、「1週間で集まるごみのうち、全体の8割を占めることもある」と嘆いていた。

ごみの量は、毎年の天候によって左右される。台風の翌日は、船に巨大なかごがいっぱいになるほどのごみが流れ込んでくるそうだ。

時にはテレビや冷蔵庫のような不法投棄のごみも流れ着く。ポイ捨てでなくても、過去にはおそらく河川敷に置かれていたであろう、グローブやバットなどの野球道具一式がかごに入った状態で流れてきたこともあったという。

プラスチックリサイクルのなんでも屋

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撮影:荒幡温子

こうして海面清掃船によって集められたごみたちは、行き場を失っている。多くの場合、川崎清港会で数カ月保管された後、産業廃棄物となる始末だった。

そこで登場したのが、化学・半導体メーカーのレゾナック。

川崎市はレゾナックとタッグを組み、海洋プラスチックごみのリサイクルを実験的に始めることとなった。

すでに2003年から、レゾナック川崎事業所ではケミカルリサイクルという手法を用いて、アンモニアなどを製造している。

ケミカルリサイクルの中でも、レゾナックはガス化という技術を使う。詳しくは後述するが、20年以上安定的に運転を続けるのは、世界で唯一ここだけだ。

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海洋プラスチックは、塩分を含むことからリサイクルが難しいとされてきたが、レゾナックの「ガス洗浄設備」によって除去できるという。

撮影:荒幡温子

実証実験では、先ほど川崎の海で回収したプラスチックが、このガス化炉を通じてケミカルリサイクルに使われる。年度末までに計80キロの利用を予定している。

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撮影:荒幡温子

実はリサイクルの方法にも種類があり、その一つが「マテリアルリサイクル」だ。

例えば、ペットボトルのリサイクルなど、私たち消費者がイメージする「リサイクル製品」は大抵マテリアルリサイクルに該当する。

だがマテリアルリサイクルの場合、機械や人の手でプラスチックを種類ごとに分別し、不純物を取り除いた同一種類のプラスチックから精製する必要がある。実際、ケミカルリサイクルに比べてコストは2〜3割増しになるという。

一方、ケミカルリサイクルであれば、基本的にプラスチックごみの種類は問わない。一挙に炉に投入できるので、大量のプラスチックを短時間で処理できる。

その点マテリアルリサイクルは、大規模施設がなくても、比較的小規模で始めやすいというメリットもある。

レゾナックの担当者も、「種別の分からないプラスチックに限って、ケミカルリサイクルは最適であるというだけ。単純な比較ができるものでもない」と話す。

プラスチックが「キンカン」に

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撮影:荒幡温子

どんなプラスチックごみでも受け入れられるケミカルリサイクルとは、一体どのような技術なのだろう。実際に工程を追って見ていこう。

全国から集められたプラスチックごみは、このように圧縮されて山積みになっている。いざ怪物のようなごみの塊を目の前にすると、その量の多さに驚く。

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成形されたプラスチック。

撮影:荒幡温子

プラスチックごみは、ベルトコンベアによって運ばれ、破砕後、異物を除去されたのちに、3センチ×10センチの筒状に成形される。この状態で、ケミカルリサイクルの下準備は完了だ。

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撮影:荒幡温子

理系分野に疎い私は、巨大なプラントを前に、すぐさま「環境に悪そう……」なんて感想を抱いてしまった。

だが、熱するための炉であって燃やすための炉ではない。つまりは二酸化炭素を排出しない技術であるというのが、この設備を見ようと世界中から関係者が訪れる理由だ。

専門的に言えば、「低温ガス化炉」と「高温ガス化炉」によって、熱で分子レベルまで分解することで、プラスチックから水素と二酸化炭素、合成ガスを生成する。

「熱しているなら、そこでエネルギーを使っているじゃないか」と疑問に思うだろうが、ガス化炉は稼働時に一度温度を上げれば、プラスチック自身が分解で発する熱を利用して、温度が保たれる。つまりは、ほとんど化石燃料も必要としない仕組みになっているのだ。

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羽田空港にもほど近い「川崎キングスカイフロント東急REIホテル」。レゾナックの水素を使用したCO2フリーなホテルだ。

撮影:荒幡温子

こうして、合成ガスを使って、さらにプラントでアンモニアを製造する。虫さされでお馴染みの「キンカン」は、レゾナックのアンモニアが原料だ。

アンモニア製造に使われない合成ガスのうち、二酸化炭素は炭酸飲料やドライアイスに、そして水素はパイプラインを通じて「川崎キングスカイフロント東急REIホテル」に送られ、電力として活躍中だ。

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撮影:荒幡温子

分別したプラスチックごみは、このようにして新たな人生を歩む。

プラスチックの自由度が高いケミカルリサイクルは、確かに魅力的な技術のように映る。

だが、レゾナックの担当者も話していたように、ケミカルリサイクルのみに頼ればいいという話ではない。

あの山積みになったプラスチックごみの量からも、引き続きごみを減らす「リデュース」の意識もなくてはならないのだと考えさせられた。

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