パタゴニア、ビームスともコラボ。2500人以上が集まる「ごみの学校」じわり広がる活動の原点

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撮影:阿部健

「丸の内という日本の“動脈”が集まるビルだらけの街で、ごみの話をしたかったんですよね」

2024年1月、東京・大手町。プラスチックのリサイクル体験やリサイクル技術を学ぶワークショップには、下は13歳、上は60代と幅広い年齢層の参加者が約40名集まった。

輪の中心にいるのは、「ごみの学校」代表の寺井正幸(33)だ。

昨今、環境への意識が高まりつつある中で、気候変動やサステナブルなものづくりに注目が集まることはあっても、「ごみ」そのものを着目し話題にしている人は決して多くはない。

長年、そんな“ブラックボックス化”していた廃棄物処理に、光を当てようとしているのが寺井だ。

“汚いもの”、“捨てたら自分とは関係のないもの”など、ネガティブな思いを持たれがちな「ごみ」に対する概念を覆したいと話す寺井の原点、そして活動を通じた新たな兆しに迫った。

参加者は2500人以上「ごみの学校」

寺井は兵庫県の大学を卒業後、大阪にある産業廃棄物処理業者に入社。本業の傍ら、2021年2月に「ごみの学校」の活動を開始した。

「ごみの学校」では、ごみ問題を正しく学び、考え、行動することで少しでも良い社会を作ることを目指し、講演やワークショップ、企業とのコラボレーションなどざまざまな取り組みを行っている。

ごみの学校

Facebookページより

設立からわずか3年ほどにも関わらず、Facebook上のコミュニティーの参加人数は2500人超え(2024年2月現在)。ごみに関心がある人なら誰でもコミュニティーに参加でき、上場企業のサステナビリティ担当者、学生、環境省職員、モデルや芸人として活動している人など……参加者のバックボーンもさまざまだ。

「ほぼ毎日、食品ロスや古着のリサイクル、ゴミ拾いイベントの告知、海外のニュースなど……誰かしらがごみにまつわる情報を自発的に投稿しています。

特に大きく宣伝したことはなく、ごみについて興味関心があるけれどどうしたらよいか分からない、という人も含めて、人が人を呼ぶ形で集まっています」

「この業界、イケてないな」

寺井正幸氏

撮影:阿部健

取材中、寺井は周りをぐるっと見渡した。

「僕ね、関西出身で普段からよく喋るんですけど、ごみのことになったらオタクのように話したくなっちゃうんですよ。

今、目に入るものは全部、ごみの視点で語れます。自販機のペットボトルや缶はもちろん、家電も家具も洋服も、ごみとして捨てられたあとどうなるのか詳細に話せます」

そんな寺井の活動の原点は、幼少期にある。

京都府亀岡市で生まれた寺井は、幼少期から野山を駆け回り自然に親しんできた。フィールドワークを存分に楽しむ幼少期の経験からか、大学は環境人間学部を選び、環境政策などを学んだという。

そこでESG投資など日本よりも数歩先をいく海外の取り組みを知った寺井は、今後、日本でも環境分野の企業にスポットが当たることを見越して就職先を探した。

ごみ

(写真はイメージです)

Shutterstock / KPG-Payless2

そうして2013年、寺井は「環境ベンチャー」を謳う大阪の産業廃棄物処理業者に入社。夢を持って産業廃棄物業界に足を踏み入れた寺井を待っていたのは、理想とは違った世界だった。

「働く人はみんな廃棄物のプロフェッショナルであるべきなのに、業界にいる人の多くが『作業者』になってしまっていると感じました。

取引先と細かなコミュニケーションをとったり、新たな提案をしたりすることもあまりない……。

生意気ですが、知れば知るほど『この業界、イケてないな』と思ってしまったんです」

現実を目にして、業界自体を去ってしまう人も少なくはないだろうが、寺井は違った。

「やるべきことがたくさんあって、改革の余地がある。『俺がこの業界を変える!』と尖った気持ちでした(笑)」

デニムのPRから立ち上がった「ごみの学校」

入社後営業部に配属された寺井は、同業者や事業者に向けた勉強会を開始し、ごみの分別方法や廃棄物にまつわる法律などを伝え始めた。

その後新卒3年目には、産業廃棄物処理に関する専門知識を伝えるインターネットテレビの制作を始める。

世の中に出回る廃棄物処理の情報は決して多くなく、業界内にいる人たちすら知識のアップデートができていないという、負の循環が起きていた業界の慣習を憂いての行動だった。

寺井正幸氏

撮影:阿部健

そして寺井の活動は、社外にも広まっていく。ある時、倉敷市児島を拠点とするアパレルブランド「land down under」から、リサイクル出来るデニムのPRに協力してほしいという依頼を受けた。

「衣類の多くは、2種類以上の繊維を含む混紡素材によって作られています。

混紡素材をリサイクルした場合、品質が低下する可能性が高く、服から服へリサイクルされている事例はまだまだ少ないんです」

実際に国内で新規に供給される衣料計81.9万トンのうち、約9割は事業所や家庭から使用後に手放されると推計されている。そのうち廃棄される量は、手放される衣類の約65%にもおよび、リサイクルまたはリユースに渡る量は約35%しかない。

こうした実情を知らない一般の人に向けて、リサイクルが出来るデニムが持つ価値を寺井が説明することになり、開催されたイベントこそが「ごみの学校」の始まりだった。

「ごみ」は本当にごみなのか?

活動を続けるうちに講演や新たな取り組みへの声がかかるようになった寺井は、これまで数十社ほどと協働してきた。一緒に取り組みをしてきた団体は、パタゴニアやビームスといった有名アパレルメーカー、地方自治体、家電メーカー、コーヒーチェーンに海外のシューズメーカーと幅広い。

寺井に求められることはさまざまだ。地方自治体から「食品ロスを減らすためにモチベーションの上がる講話をしてほしい」と依頼されることもあれば、ビームスでは「古着をパーツごとに解体して、どの部位がリサイクル可能か考える」ワークショップを開いたことも。

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ビームスで開催した、服の仕分けワークショップ。

ごみの学校

「最近、製薬会社との取り組みとして、トイレの芳香剤に使われているプラスチック素材でベンチを作りました。近づくとふんわりと芳香剤のいい匂いがするんですよ」

法律で定められた規格などはないものの、匂いの付いたプラスチックはリサイクルが避けられる傾向にある。そのためトイレの芳香剤のプラスチックも、ほぼ廃棄されているのが現状だ。

しかしリサイクルした後の素材の用途を検討すれば、再利用の可能性が広がり、むしろ面白いものができると寺井は言う。確かに「いい香りがするベンチ」と聞けば、興味をそそられる人も多いだろう。

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芳香剤に使われている素材で作った、いい匂いのするベンチ。発想の転換から新たなプロダクトが生まれている。

ごみの学校

リサイクル可能な素材を「匂いがあるから」「再利用すると真っ白な素材にならないから」などという理由で破棄している事例は、他にもたくさんある。

海洋ごみの多くは海外製のため、どんな素材が使われているか分からず、素材別の正確な分別ができない。さらに、塩水に長い間浸っていたプラスチックは塩素分が高まり、製品化する際に影響をおよぼすことがあるので、多くが廃棄されてしまうという。

再利用のもの

長崎県対馬市に流れ着いた海洋ごみのプラスチックを再利用して作られたフリスビー(写真左下)。その右となりにあるのは、海洋ごみ問題を楽しくを学べるカードゲーム。

撮影:阿部健

「このフリスビーだって、見る人が見れば味があるでしょう?

今、ごみをごみと見なしているのは私達の固定観念なんです。これまでのルールや物の見方を変えれば、リサイクルして、もう一度世の中に出せるものは増えていくと思います」

動脈と静脈がつながれば、ものづくりも変わる

寺井正幸氏

撮影:阿部健

「僕は、ごみ問題は究極のところ『人の関心』の問題だと思うんです」

モノの循環を人の身体に例え、モノを生み出す役割が「動脈」、処分する役割が「静脈」だとする。寺井曰く、「今の消費社会は人、お金、知識などが動脈に偏っている状態」だ。

確かにモノを売るための広告は多く目にするが、捨てるために発信されている情報は極端に少ない。「消費社会のビジネスとして、動脈の方に偏るのは理解できる」としながらも、寺井はこう続ける。

「住んでいる市町村が発行するごみの分別表って、令和になっても未だに紙ベースのものが多いですよね。おまけにすべての人に関係があるものなのに、内容も分かりにくい。

物や情報が溢れている動脈とのギャップを感じませんか?」

こんな状況を打破するために必要なことは、情報を伝える能力の高い人やクリエイティブな発想を持つ人が静脈側に増えることだと寺井は考える。

ゴミ収集車

Shutterstock / yoshi0511

最近はものづくりをするメーカーに、捨てられたものが“行き着く先”である廃棄処理の工程を直接見てもらうためのアテンド活動なども行っている。

「先日は家電メーカーの方と一緒に廃棄物処理場に行き、炊飯器を破砕するシーンを近くで見てもらいました。

現場の人たちは作業中に『このパーツが取りにくいねん』とポロッとこぼすんです。そういう一言がメーカーなどの“動脈”にいる人たちに聞こえたら、ものづくりの仕方も変わると思うんですよね」

寺井は動脈と静脈のパイプ役として多く人と触れ合う中で、動脈側の人々が多少なりとも現状にジレンマを抱えていることも感じているという。

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撮影:阿部健

「消費社会の中で売れるもの、新しいものを生み出す観点でモノを作っていくと、数字の競争になり、閉塞感が生まれがちです。

けれど、トイレの芳香剤のデザイナーが、匂いがつくという理由でプラスチック容器を1回で使い捨てているという静脈側の現実を知れば、『ガラス製の容器をつくって、液体を詰替できるようにすればいいのでは?』などアイデアが湧いてきますよね。

静脈側の状況が伝わることは、新しいアイデアをもたらすのではないかと思うんです。そのためにも、ものができて消費者に届き、使われた後のことまでがもっとつながること必要があると感じています」

多様な人が集うギルド型コミュニティーで、ごみの概念を覆す

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ごみの学校

寺井は、2023年12月に新卒で勤めた産業廃棄物処理業者を退職し、現在は「ごみの学校」の活動に専念している。現状社員は1名だが、孤軍奮闘というわけではない。「ごみの学校」に、さまざまな業種のさまざまな知識を持つ人が集まっているからだ。

主体性を持って各々が力を発揮するギルド型のコミュニティーを形成して、ごみが社会的・経済的にも価値を生む世の中を作っていくことが寺井の目指す先だ。

最初はダブルワークとして始めた、ごみの学校。始めたばかりの頃は仕事になるとは思っていなかったが、思ったよりも多くの人が「ごみについて知りたい、考えたい」と思っていることを肌で感じているという。

「運営のモットーは、『ごみを活かしてわくわくする社会をつくろう』です。

僕、わくわくすることってすごく大事だと思うんです。廃棄物の問題を考え出すと、普段自分も廃棄物を出しているという後ろめたさから、罪悪感を抱いてしまう人が多い。

でも、罪悪感を抱きながら活動するってきつくないですか? わくわくしながら活動したほうが、持続できると思うんですよね」

取材当日、寺井は関西から新幹線に乗り上京した。取材後には、都内の大手コーヒーチェーンで開催するワークショップの打ち合わせに行くのだという。静脈の声を代弁する寺井の声に、動脈側の人々が振り向き始めている。


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