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家族型ロボット『LOVOT』を生み出した林要が、大学で経験した「ものづくり」の面白さ

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東京都立科学技術大学 工学部 機械システム工学科(現 東京都立大学 システムデザイン学部 機械システム工学科)1995年度卒業。同大学院 工学研究科 力学系システム工学専攻(現 東京都立大学大学院 システムデザイン研究科機械システム工学域)博士前期課程1997年度修了。

1998年に新卒でトヨタ自動車株式会社に入社。スーパーカー「LFA」やF1の空力開発に携わった後、製品企画部にて量産車開発マネジメントを担当。2011年に孫正義後継者育成プログラム「ソフトバ��クアカデミア」に参加したことをきっかけに、2012年よりソフトバンク株式会社に入社し、感情認識パーソナルロボット「Pepper(ペッパー)」プロジェクトに携わる。2015年、GROOVE X(グルーヴ エックス)株式会社を創業。家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」の開発を進め、2018年に製品を発表。2019年以降、国内外の各賞を受賞している。

昨今大きな注目を集めている家族型ロボット「LOVOT」をご存知でしょうか。手をパタパタと動かしながら可愛らしい表情を見せるこのロボットは、生活の利便性向上のためではなく、ペットのように人間に愛されるために誕生しました。温かな体温があり、自由に動き回り、徐々に人に懐いていくLOVOT。一見するとシンプルなつくりのように見えますが、機械学習や50を超えるセンサーなど、実は非常に高度なテクノロジーがたくさん詰まったロボットです。

この「LOVOT」の開発プロジェクトは、都立大の前身の一つである東京都立科学技術大学(以下、科技大)卒業生の林要さんが立ち上げました。林さんが全く新しいロボットの開発に挑んだ背景には、どのような原体験があったのでしょうか。林さんの学生生活について、東京・日本橋浜町にある『LOVOT MUSEUM』の中で詳しくお伺いしました。

人を幸せにする「温かいテクノロジー」を目指して

――LOVOTは、本当に生きているペットのようですね。

ありがとうございます。LOVOTは、一緒に過ごすことで人の回復力(レジリエンス)が上がる存在です。共に生活することで人が前向きになり、明日へのモチベーションが湧くような、人を幸せに導くテクノロジーを目指しました。テクノロジーと聞くと、機械的で冷たい印象を持たれる方が多いのですが、僕がLOVOTを通じて実現したいのは「温かいテクノロジー」です。利便性や生産性ばかりを優先するのではなく、人類の未来がより幸福なものとなるようにテクノロジーを発展させていきたいと思っています。

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――なぜ、そのような想いを持つように?

中学生の頃に観た『風の谷のナウシカ』と、トヨタ自動車で経験した乗用車の製品企画の仕事が大きく影響しています。『風の谷のナウシカ』は、僕がテクノロジーへの憧れを持つきっかけとなった作品。当時は映画内に出てくる鳥のような飛行機「メーヴェ」の模型を自作していました。

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「メーヴェ」で、人の移動能力を拡張するテクノロジーに魅力を感じ、「自由な移動の魅力」を提供しているトヨタ自動車に入社しました。そこでは、利便性、安全性、効率化等を実現する高度なテクノロジーを学びました。

その後、ソフトバンクの「Pepper」プロジェクトに携わり、人の気持ちをテクノロジーでサポートする可能性に気付きます。文明が進歩した現在でも、ときに置き去りになってしまっている人の気持ちをテクノロジーがサポートできるという発見から、「温かいテクノロジー」を掲げたLOVOTの構想が生まれたのです。

「ものづくり」の面白さを実感できた大学時代

――LOVOTの開発において、大学・大学院時代の学びや経験は役に立ちましたか?

学生時代に学べることは、ほんの一部分に過ぎませんから、直接役に立ったポイントを挙げるのは難しいですね。ただ、科技大の機械システム工学科では機械やソフトウェア、エレクトロニクスなどを「システム」として広く学び、ものづくりにつなげていくことを大切にカリキュラムが組まれていました。そうした「システム」の考え方は、ロボットがまさにど真ん中の製品。大学時代に考え方の基礎の一部が築かれていたからこそ、LOVOTにつながったのかもしれません。

また、学生時代にできた仲間には、LOVOTの開発とビジネス化において、開発推進や特許取得、生産体制の構築、品質管理など多岐に渡り大いに助けてもらいました。

――林さんは、なぜ科技大(現 都立大)に入学を?

父がエンジニアだったこともあって、エンジニアリングを学びたくて科技大(現 都立大)を選びました。「科学」と「技術」の両方が名前に入っていて、どちらも学べそうだな、と。

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――大学・大学院では、どのような研究をしていたのですか?

田代伸一教授(2011年度退職)の研究室で、数値流体力学の研究を行っていました。具体的には、スーパーコンピュータを使って空気の流れをシミュレーションする研究です。

田代先生は放任主義で、とにかく自分でいろいろとやってみなさいというスタンスの先生でした。加えて、ただコンピュータ上で数値のシミュレーションを行うだけでなく、シミュレートする対象をリアルでつくり、実験し、測定することも大切にされていました。そのため、田代研究室では、自分で旋盤を回して装置や測定対象をつくるといったことも行っていました。

数値シミュレーションだけでも大変なのですが、全く異なるスキルが求められる「ものづくり」も一緒に経験させてもらえたのは、今振り返ると本当に良い刺激と学びを得た研究室でした。

――在学中は航空部に所属されていたそうですね。そこでは、どのような活動を?

航空部では、自分たちでグライダーを飛ばしていました。機体のメンテナンスや、機体を飛ばすためのウインチの制作、改善、整備など、グライダーを飛ばすために必要な工程は全て自分たちで担って。大学に入るまでは市販の部品を組み合わせるものづくりしか経験してこなかったため、素材の加工からものをつくる難しさを航空部で経験することができました。

特に顧問の先生には、様々なことを教えていただきました。例えば、ウインチの改良を行う際、僕ら学生はとにかく機械を直接いじろうとしてしまうんですね。そういうとき、先生は「まずは図面を引け」と指導してくださり、書いた図面の詰めが甘いと「こんなんじゃうまくいかないぞ」と鋭く指摘してくださっていました。

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そうしたやり取りの中で、「ものづくりは全然簡単なことではない。でも、辛抱強くトライアンドエラーを重ねながら作業を進めていくと、少しずつ完成が見えてくる」という大切な学びを得ることができたように思います。

「今しかできないこと」を大切に、探索し続けてほしい

――林さんは、未来を見据えたものづくりを実践されています。ぜひ、これから激動する時代の中で社会に羽ばたいていく現在の学生に、アドバイスをいただけないでしょうか。

これからの社会の中では、「適切にリスクを取り、探索し続ける姿勢」が大切になると思います。学歴や偏差値で自分の価値を測り、コスパ・タイパよく学ぼうとする方も多いのですが、僕はそれが最適解ではないと考えているんです。

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実際に社会に出てみれば、受験勉強ばかりやってきた人や、正解がある問題を効率よく解く方法を学んできた人よりも、「答えがないこと」と格闘してきた人のほうがバリューを出せると感じます。答えがないことを探究し続ける力は、AIがさらに発展するであろう今後の社会にも必要とされるでしょう。

そして、答えがないことを学び続けるというのは、実はコスパ・タイパに縛られずに、リスクを取り、他の人がやらない経験をすることとほぼ同義です。あえて自分の想像を超える領域に踏み出すことで、大きな学びや刺激を得ることができるのです。

学生の皆さんには、コスパ・タイパは考えるほどに自分の経験の独自性が失われるので、「探索を継続する」以外に自分の価値をあげる方法はないと意識し、興味を深掘りする方向に突き進んでほしいと思います。そうした生き方を続ける不安に打ち勝つと、20年後、30年後、おもしろい生活が待っています。

――最後に、高校生や学生に向けてメッセージをお願いいたします。

皆さんには「今しかできないこと」に目を向けてほしい。僕も大学では、学生時代にしかできないことは何なのかを常に考えながら、経験を取捨選択してきました。部活動として航空部に入ったのは、科技大(現 都立大)にいる間にしかできないことだったからですし、研究テーマとしてスーパーコンピュータを使った空気シミュレーションを選んだのも、恵まれた研究室の環境がある今しかできないことだと思ったからです。

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これらの経験は、一見すると現在の「LOVOT」の事業には無関係に見えます。しかし、実は見えないところでつながっています。例えば、航空部でグライダーに乗り、空気を頭で理解するだけでなく体でも感じていたからこそ、トヨタ自動車においてF1の空力開発で成果を出すことができました。その成果は、グローバルに仕事をする自信につながり、その後の乗用車の製品企画や「Pepper」プロジェクトに活きてきて、現在の「LOVOT」の礎になっているんです。

このように、取り組もうとしている物事が一貫していなくても構いません。とにかく、そのタイミングでしかできないことにこだわって経験を積み重ねるようにしてください。そうした貴重な経験が点と点でつながった先に、その人らしい面白い考え方や個性ができあがるのだと思います。

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