雑貨店を開店したものの何も売れない。案外、遺品や動物の角には需要が無いものらしい。次に海を渡ったら100均でカチューシャでも買ってきて、頭から角を生やせるようにしてみてはどうだろうか。あるいは角笛──
魔王のエルダードラゴンは今年も無事に実り、遂に第一陣の出荷が始まった。
ドラゴンは、夏の始まりに一斉に咲き、実る。収穫後しばらくするとまた蕾をつける。そしてまた一斉に咲き、実る。
花の波は秋の終わりまで続く。今、永い永いドラゴンの夏の、その入り口に立っている。
「父さんは朝4時から働いてる」「百姓はそうでなければならない」と先週終わりから数えて5日連続、魔王に言われた。
流しても流しても同じ事を執拗に言うのは、「大変だから早起きして手伝え」と迂遠に伝えているのではないかと汲んだ。そこで翌日は早朝にスュリの魔王屋敷へ出勤した。
3時50分。屋敷はまだ真っ暗である。魔王の彼女(?)の原付が停まっている事に気が付きほんのり気まずい。断ってから来た方が良かったか。……しかしどう考えたって皆が言うように彼女じゃないか。だが魔王にそう言うと違うと怒るので、あくまで疑問符を付けておく。何故隠すのだろう。
屋敷には入らず庭で待った。こちらに気づくようにわざと音を立て歩き回る。玄関戸を開けてみる。彼女(?)の靴が有る。そっと閉める。
4時丁度。屋敷に明かりが灯り、廊下のカーテンが開かれ魔王が覗いた。私を認めても特に驚いた様子はなかった。手伝いに来たと伝える。
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朝方の家の前。
収穫はもっと明るくなってからするそうだ。先にプレハブの事務室で伝票や梱包資材���作る。パソコンやプリンターはもうかなり古いので、頻繁にトラブルが発生する。そういう事は魔王には分からないので私が解決し説明する。
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魔王は、高齢になるまでパソコンと無縁であったにしては、飲み込みが早い方だと思う。歳だから解らんと投げたりもしないので偉い。
辺りがすっかり明るくなったのでドラゴン畑へ出る。彼女(?)はいつの間にか起き出して、家庭菜園に水遣りをしてくれていた。そして我々が収穫を終えるのと同時ぐらいに帰った。父の彼女だの母の彼氏だのと賑やかな家庭に育ったものだ。
収穫したドラゴンを事務室に運び込む。クロネコが集荷に来るまでに出荷準備をしておかなければならない。
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身体測定に並ぶドラゴンたち。
エアーガンでゴミなどを吹き飛ばしながら、販売にたえる実を選別していく。選に漏れたものは自分達用である。夏はライチに始まって、ドラゴン、マンゴーと果物が食べ放題だ。今年はマンゴーはダメだったが。
出荷準備も終わりようやく一息つく。私は朝食は食べないのでコーヒーを飲んだ。この時点でまだ8時だ。早起きすると午前中がバカに長い。
その後は取り木したライチを鉢に植えたり、タンカン畑の草刈りをしたりと相当働いてようやく夕方になった。午前中が2回あったようで永い1日だった。
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現金を得られる仕事はもうずっと無い。今夜も節約料理だ。牛肉やサーモンが食べたい。
仕事道具も錆びてしまった。
廃校へ帰りシャワーを浴びる。粗末な夕食の準備なんて張り切ってする気にならない。億劫だ。空腹をかかえたままベッドに寝そべってやる気の回復を待った。
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お金の無い時は、ドラゴンやハイビスカスの花は食べられる。
スマホを眼前に持ち上げ、特に目的もなくネットブラウザを立ち上げてみる。前回閉じた時のまま、アングラサイト辺境雑貨店のトップページが表示された。隠しページを探してあちこちクリックしてみる。
そして目を疑った。2つしかない商品の片方が売り切れになっている。ハッキングだ。奇跡だ。
念のために管理者用のページを確認する。未発送のオーダー1件と表示されている。本当に売れてしまった。狼狽のあまり一時は閉店まで考えた。
このサイトが間に入って全てやってくれるので、私は商品の掲載と発送だけだ。つまりメルカリで売るのと同じである。
翌日昼前、キリの良い所でスュリの畑を一時抜け、商品を発送した。折角のお客様第一号なので、記念のプレゼントも入れておいた。そして「記念品を入れました」とのメモを書いたなり入れ忘れたので、送り付け詐欺みたいになった。
郵便局へ。
窓口で、ネットで物を売ったとひとしきり自慢した。自慢しながら送り状を書いたので書き間違えた。次は黙って書いた。無事に届きますように。
安心してハンモックで昼寝をしていると、山賊のお頭から電話が来た。仕事があるから明日から来んか?と言う内容だった。ここ数週間の収入は、西の港で個人商店の裏を伐採して得た5,000円しかない。だから喜んで請けた。何だか商品を買って貰ったと同時に、ツキが回ってきたような気がする。売り上げ金が振り込まれたらステーキ肉を買おう。
身体が沈み込んで身動きの取りづらいハンモックの上で、無理に寝返りをうち、夏の夢をみる。