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シャネルの伝説的ハンドバッグと映画の蜜月──メゾンを知り尽くした2人のキーパーソンに聞く、新広告キャンペーンに込めた想い

ペネロペ・クルスとブラッド・ピットの共演した短編ムービーが話題を呼んでいる、シャネル(CHANEL)のハンドバッグ キャンペーン。映画『男と女』にオマージュを捧げたエモーショナルなこの作品はどのようにして誕生したのか?シャネルのファッション部門 兼 シャネル SAS プレジデントのブルーノ・パブロフスキー(Bruno Pavlovsky)と、ファッション本部のイメージ部門 ディレクターを務めるデステネ・ファルパン(Marion Destenay Falempin)に、ティファニー・ゴドイが独占インタビュー。

映画を観たことがないという人でも、誰もが必ず1度は今作のメロディ「ダバダバダ……」は耳にしたことがあるだろう。クロード・ルルーシュが1966年に手がけた映画『男と女』は、音楽と映像が一体となり、さまざまな思いを胸に秘めた男女が恋に落ちる喜びをひたすら美しく、魅惑的に描きだし世界を夢中にさせた作品だ。

フランスのヌーヴェルヴァーグ期の映画作品に熱い思いを抱くシャネル(CHANEL)のアーティスティック・ディレクターであるヴィルジニー・ヴィアールは、この歴史的な1作にインスパイアされた、アイコニックなハンド バッグキャンペーンを展開。ペネロペ・クルスブラッド・ピットを主役に据えた、『男と女』にオマージュを捧げる短編ムービーが公開された。

今作が誕生した背景や、なぜ今アイコニックなバッグの魅力に再注目をしているのか? シャネルのファッション部門 兼 SAS プレジデントのブルーノ・パブロフスキー(Bruno Pavlovsky)と、ファッション本部のイメージ部門 ディレクターを務めるデステネ・ファルパン(Marion Destenay Falempin)に、彼らと親交の深い『VOGUE JAPAN』 のヘッド・オブ・コンテントのティファニー・ゴドイがその背景を聞いた。

──広告キャンペーンのコンセプトはどのようにして生まれたのでしょうか? 壮大な映画へのオマージュをテーマにしたコンセプトが誕生した経緯を教えてください。

マリオン・ディーセネ・ファレピン スタートは2年前。ヴィルジニー・ヴィアールを中心にプロジェクトが進行しましたが、我々にとって特別だったのは、クロード・ルルーシュ監督の協力を得られたことです。監督は我々の提案を喜んでくださり、現場にも遊びに来てくれました。お気づきかと思いますが、カメオ出演もしてくださっています。

一方、出演者のブラッド・ピットとペネロペ・クルスも、今作の出演を快諾してくれました。特にペネロペはフランスのヌーヴェルヴァーグ作品を愛しているので、撮影もひと際楽しんでいるようでした。イネス&ヴィノードが監督したこの短編では、オリジナル版とは異なる男女のセリフを逆転させた演出になっていますが、それも今の時代を体現しているようで、大成功だったと思っています。このプロジェクトに参加したすべての人が、良いひと時を過ごせたのではないかと自負しています。

ブルーノ・パブロフスキー 今マリオンが言ったように、オリジナル版と男女を逆転し、ツイストを効かせているところが今作の面白いところだと思います。

──ぺネロペ・クルスとブラッド・ピットという人選も素敵ですね。『男と女』を知らない若い世代の人たちには今作がそれを知るきっかけとなり、一方でペネロペやブラッドといった銀幕スターと呼べる俳優たちの成熟した才能を楽しめる。そのさじ加減が絶妙ですよね。若いアンバサダーを選ばずに、ベテランの才能を起用したのには理由があるのでしょうか?

マリオン 彼らの才能とキャリアが、私たちが表現したいものとぴったりと合致したのです。また、ペネロペは2018年からシャネルのアンバサダーを務めてくれており、ブラッドも「シャネル N゜5」で我々と交流があるという縁もありました。そもそも、彼らの共演に文句を言う人などいませんよね? 二人は今作を通して、ファッションの醍醐味である新鮮な驚きを体現してくれました。日本人はフランス映画に精通されている方が多いので、より楽しんでいただけるのではないでしょうか。

ブルーノ 我々にとって最大の難関は、このプロジェクトを内密に遂行することでした。ペネロペやブラッド、さらにクロード・ルルーシュ監督と行ったドーヴィルの海岸での撮影を秘密裏で行うのは本当に大変でした。

2024-25年秋冬コレクション。

我々はヴィルジニーが、マドモアゼル・シャネルが1912年に初めて帽子店を開いたドーヴィルという町を、2024-25年秋冬 コレクションのインスピレーションとし、今作をコレクションの導入に上映したのは素晴らしい選択だったと思っています。それまでの準備が本当に大変だったので、ショーに来場されたみなさんが喜んでいたのを見て報われました。みなさんに最高のインパクトを与えるには、いつでも余念のない準備が必要なのです。

──今回の短編はもちろんのこと、例えば1955年にデザインされたバッグ「2.55」を再解釈して80年代に「11.12」バッグを発表したこといい、シャネルはすでに不朽の名声を得ているものを、さらに不朽のものにしようと考えているところがユニークだと思いますが、そのためにはどのようなアプローチをされているのでしょうか ?

ブルーノ「2.55」は1955年にマドモアゼル シャネルによって生み出されましたが、彼女はこのバッグの縫製をクチュリエの技術を使って作ることにこだわりました。レザーバッグの製作工程とはまったく異なり、同業者たちとは違うアプローチを行っていたのです。我々はそのユニークな発想とクチュリエの技法、そしてスピリットを継承し、毎回新しいコレクションを生み出しています。ですが、新しいコレクションであっても、ブランドの本質や神髄、そしてアプローチ方法は変わらないので、見方によっては同じことを繰り返しているわけです。私たちは何十年も飽きることのない不朽のものの素晴らしさを理解し、尊重しています。だからこそ、そこに私たちなりの遊び心を加えることができるのだと思っています。

──ガブリエル・シャネルはハリウッド&ヌーヴェルヴァーグ映画の衣装、カール・ラガーフェルドは短編映画の監督、ヴィルジニーは衣装デザイナー出身と、歴代のデザイナーたちは映画との関わりが深いですよね。また、今回のコレクションのショー会場では短編映画が上映され、クロード・ルルーシュ監督や是枝裕和監督もショーに参加していました。今後、映画や "映画のような物語 "との関わりは増えていくのでしょうか?

マリオン おっしゃるようにシャネルは映画と深い縁で結ばれており、その縁は変わることはありません。しかし、我々はシネマだけに限らず、ダンスや文学など、新しいカルチャーや分野との出会いを大切にし、クリエイティブなエコシステムを構築することを心掛けています。時には、監督や俳優とも対話を重ね、コレクティブプロジェクトも各国で実施しています。

ブルーノ 例えば東京で行った2022-23年メティエダールのレプリカショーでは、音楽やダンスを中心とした別の表現をしました。我々は常に、そういった予想外の演出を考えています。東京では、振付師のディミトリ・シャンブラスによる「スローショー」の新たな解釈を学生ダンサーが披露しました。

クロード・ルルーシュ監督。2024-25年秋冬 コレクションのショー会場にて。

是枝裕和監督。2024-25年秋冬 コレクションのショー会場にて。

マリオン 常に新しい風を感じ続けるためにも、さまざまな分野の人たちとの対話が大切です。もちろん映画監督たちとのそれは、欠かすことのできないものですが、是枝監督に来場いただいた2024-25年秋冬コレクションには、クロード・ルルーシュ監督もいらしていたり、いつも以上に映画色が濃かったと思います。私たちは人々との感情的なつながりを大切にしており、そのつながりを作るために、毎回新しい物語を考えています。

今回の広告キャンペーンはとてもエモーショナルで人々の心を魅了するものだったと思いますが、同時にシャネルがいかにアイコニックなブランドであるかを表現する最良の方法でもあった。このキャンペーンの評判は上々ですが、それは恐らく映画を観た人たちの多くが、なにがしかの形で心や感情を刺激されたのだからだと思います。

──今年はまだ「2.55」の70周年ではありませんが、すでに大規模なプロモーションを始めていますね。アイテムに新たなパワーを吹き込むのに適したタイミングはどう見極めているのですか?

ブルーノ フィーリング、直感です。我々は発表する年代というよりも、アイコニックなバッグとファッション要素の強いバッグのバランスを重視しています。例えば、2022年に発表し、多くの人たちに愛されて大好評をいただている「CHANEL 22」は、ファッション性の強いバッグです。ですがお客様の中は、目に見えるデザインよりも、クチュリエの技術など、バッグが作られる工程に注目される方がいらっしゃいます。そのため、シャネルのバッグの原点となったアイコンバッグとともに、クチュリエの技術の説明を加え、定期的にフォーカスを当てることを大切にしています。

──このプロジェクトの制作にあたり、最も感動的で特別だった瞬間を教えていただけますか?

2024-25年秋冬コレクション。

マリオン プロジェクトを立ち上げ、クロード・ルルーシュ監督等とドーヴィルで撮影をしているときは感慨深かったですが、実際にコレクションで上映されて観客のみなさんが本作を観て熱い拍手を贈ってくださったときは、何にも勝る感動でした。ステージの袖でその様子を観ていたのですが、こんなに素敵な贈り物はないと感じるほどでした。クロード・ルルーシュ監督の不朽の名作はもちろん、シャネルというブランドを再発見してもらえた喜びを感じました。

──ブルーノさんに伺います。あなたはクリエイティブをどれだけ重視していますか? あなたにとってクリエイティビテイとは?

ブルーノ クリエイティビテイなしでは、何も始まりません。クリエイティブであることがすべてと言えるでしょう。シャネルはマーケティングを最大の優先事項にしていません。ヴィルジニーやマリオンとコレクションのテーマや語り口について話し合い、インスピレーションを大切にし、その後、クリエイティブな面を最大限生かすにはどうすべきかを熟考するのです。我々は映画、音楽、ダンス、アートなど、さまざまなジャンルのアーティストとコラボレートをし、ファッションの多様な表現を常に模索しています。ヴィルジニー自身カルチャーを愛し、カルチャーに精通しているので、コレクション毎にその広い知識と創造力で、新しいインパクトを届けるためのアイデアを練っています。

──ブルーノさんがそう言うということは、クリエイティブのための予算には制限がなさそうですね(笑)。

マリオン 残念ながら、予算には制限があります(笑)。でも、クリエイションのフリーダムは保障されていることは間違いありません。

Photos: Courtesy of Chanel Text: Rieko Shibazaki Editor: Kyoko Osawa