大丈夫?と聞かれても「大丈夫じゃない」とは言いにくい…映画制作現場の調整役・西山ももこさんが語る「No is No」

2024年3月16日 06時00分
 日本に2人しかいないインティマシー・コーディネーターの1人、西山ももこさん(44)が、現場で気をつけていることや感じていること、今の仕事に就くまでの経歴などを綴(つづ)った著書「インティマシー・コーディネーター 正義の味方じゃないけれど」(論創社)が3月28日に発売されます。西山さんに、本に込めた思いなどを聞きました。(石原真樹)
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◆今増えているインティマシー・コーディネーター

 インティマシー・コーディネーター 映画やドラマなどの制作現場で、性的描写やヌードなど体の露出があるシーンの撮影を巡り、俳優の「同意」のもとで安心して演じられる環境を整え、同時に監督など制作サイドの演出を最大限実現できるようにサポートする職業。ハラスメントや性的被害などを告発する2017年に盛り上がった「#MeToo運動」をきっかけに、米国で広まった。

インティマシー・コーディネーターの仕事について説明する西山ももこさん=東京都千代田区の中日新聞東京本社で

 ー本ではプライベートの話やロケ・コーディネーターとしての失敗などを赤裸々に綴っています。
 インティマシー・コーディネーターの仕事をする前に重ねてきた歴史があり、自分のことを決してクリーンだなんて思っていないのです。後輩に対して「なんでできないの?」と強い言い方をしたり、自分も加害してきた責任をすごく感じています。
 今、インティマシー・コーディネーターとして「正しいこと」を言っているように見えますが、自分の中にもバイアスがある。それなら隠すのではなくて自己開示したほうがいいな、と思って。今後、インティマシー・コーディネーターが増えるとしたら、ガイドラインではないけれど、指標になるものがあったら良いかな、とも思い、本にまとめました。
 今年2月にドイツでインティマシー・コーディネーターのイベントがあり、世界中からインティマシー・コーディネーターが集まりました。圧倒的に白人が多くて、友人であるイギリス在住の日本人と私、アジア系英国人、黒人やミックスの方が数人、という感じで、私たちは圧倒的なマイノリティー。インティマシー・コーディネーター業界にも確実にヒエラルキーがあると感じました。

2月、ドイツのベルリンで開催されたインティマシー・コーディネーターのカンフェレンスの様子(西山ももこさん提供)

 さらに、米国やカナダではインティマシー・コーディネーターの人数が増えてきて、職業を守る=仕事を増やすためなのか、「体を触るだけでもインティマシー・シーンだよね」と厳しくなっている印象があります。私が資格を取得したIPA(Intimacy Professionals Association)やほかの団体の資格を持つインティマシー・コーディネーターと、資格はないけれど勉強してインティマシー・コーディネーターを名乗る人がいて、そこにパワーバランスも感じました。
 インティマシー・コーディネーターはパワーバランスを崩す人のはずなのに、パワーバランスを構築している話を結構聞きます。私自身は「こうあるべきだ」よりも、まだまだここから発展させていかなければいけないからこそ、余白は残したいなと思っています。

◆調整役は「第三者であることが大事」

 ーインティマシー・コーディネーターの仕事は忙しそうです。
 2020年にこの仕事を始めてから24年2月までで関わったのは42作品。映画やテレビドラマのほか、舞台、ハリウッド作品もありました。同時進行で6〜7本抱えている感じです。映画は数カ月かけて撮るけれど、立ち会うのは1日だけ、1〜2シーンだったりして、しかもスケジュールがなかなか決まらない。重なってしまうこともあり得るので「日程が決まったものから埋めていきます」とお伝えします。
 朝に現場に行って夜は別の作品だったり、朝に現場に行ってそのままロケ・コーディネーターの仕事でアフリカに向かうという日もあります。仕事をしても費用を請求できるのは作品が完成してからなのでだいぶ先になるし、経済的にインティマシー・コーディネーターの仕事だけで成り立たせるのは現状では無理です。今後、日本で映像作品への予算が増えるとも思えないので、別の仕事と掛け持ちせざるを得ません。

昨年12月の東京ドキュメンタリー映画祭で行われた、映画業界のハラスメントをテーマとしたトークセッションに登壇した(左から)睡蓮みどりさん、西山ももこさん、我妻和樹さん

 また、インティマシー・コーディネーターという言葉が一人歩きしていることを危惧しています。
 最近、知人からこんな話を聞きました。あるドラマの現場でスケジュールに「インティマシー打ち(インティマシー・シーンの打ち合わせ)」と書いてあり、日本にいる2人のインティマシー・コーディネーターのどちらが来るかなと思っていたらどちらも来なかったそうです。
 「予算がない」という理由で、制作スタッフの人が兼ねる、インティマシー・コーディネーターのマネをする、というのはコンセプトが違いますよね。内部の人に対しては本音を言いづらく、第三者であることが大事なので、日本でインティマシー・コーディネーターが「内部でやればいいじゃん」パターンになってきているのは心配です。
 予算の制約もあり、インティマシー・コーディネーターを絶対に入れるべきだ、というのではなく、インティマシーという言葉を使うのであればちゃんと筋を通してほしい。役者が「インティマシー・コーディネーターに守られなかった」となってしまうと、インティマシー・コーディネーターへの信頼が失われかねません。

◆「テレビの人の倫理観はしんどくて」

 ー西山さんは2009年にバラエティー番組などでのロケ・コーディネーターの仕事を始め、現在も続けています。
 テレビ業界の裏、汚い部分を見て、そこで見て感じたものは私の根本といっても良いかもしれません。当時は「使いやすい」と思ってもらおうと「何でもやります」「受け止めます」と必死でした。あのときに感じた違和感や傷ついたことはたいしたことがないと思っていたけれど、傷ついていたのだなと今なら分かります。
 知識を蓄えて勉強して、インティマシー・コーディネーターのように「時代と共に生きていく」みたいなことをやっていると、テレビの人の倫理観はしんどくて。
 今はたぶん番組にとって、私は「使いにくいコーディネーター」だと思います。例えば「アフリカ人の視力を測りたい」という要望があったら「それってマイクロアグレッション(無意識の偏見。人種や性的指向などの少数者に対する日常的な敵意や見下し)ではないの?」と思うわけです。

インティマシー・コーディネーターの仕事について説明する西山ももこさん=東京都千代田区の中日新聞東京本社で

 でもそう伝えたら「『差別だ』ということが差別だ」と返されてしまう。ものすごい溝があって、そういう意識の人が番組を作っていてすてきなものができるのか?今2024年だよね?と思わざるをえません。今年1月のフジテレビの番組審議会議事録に「人権をうたえばうたう程、テレビだけが宙に浮いてしまって堅苦しい箱になってしまう」とあって、これを公表している時点でテレビ局の人たちは危機感がないのだろうなと不安になってしまいます。
 ドラマや映画の関係者はいろいろ言われて変わってきましたが、バラエティーはアップデートされていない。アフリカでの「動物と触れあうロケ」でも、動物に人間が近づくのはストレスを与えるからと禁止になった国が増えるなど、世界は変わってきています。
 「そんなこと言ったら何もできないじゃん」と思われるかもしれませんが、自分が携わった以上、ちゃんとしたいので、気になることは絶対に言います。なかなか伝わらないのですが。

◆今のカルチャーでは「仕事を受けちゃった私が悪い」?

 ー著書で「同意は明確かつ積極的にイエスということ」と、同意の大切さを強調しています。
 みんな同意って簡単に言うけれど、本当に取れてるの?と疑問に思うことが多いです。お互いのパワーバランスを意識しているかを含め、日本に同意文化が皆無なので。「NOと言われないから同意」と思いがちだけれど、それって怖いですよね。「だって台本を読んできてるでしょ?」とか「昔YESと言ったよね?」と求められ、役者側は「仕事を引き受けたんだからやらなきゃ」となってしまう。
 よくあるのが、制作側が最初の段階ではふわっといいことしか言わないで、あとから「これもある」と足していくケース。役者は「私が同意したのはこの部分だけだって、ここは違う」と言えればいいのですが、今のカルチャーでは「仕事を受けちゃった私が悪い」と背負い込んでしまう。

3月28日発売の著書「インティマシー・コーディネー���ー 正義の味方じゃないけれど」

 海外では子ども向けの同意の本がたくさん出ています。性的同意だけではなくて、すべてのことで同意は必要。プロダクションマネジャーやコーディネーターとしてCMの仕事に入ることもあるのですが、男性スタッフが平気で小学生の女の子に触ろうとしていたり、あちこちで同意がないがしろにされている現場を見ます。
 ー本にある「No is No」も印象的です。
 「それはちょっと…」みたいな逃げ方を私もずっとしてきましたが、それは分かる人には分かるけれど分からない人には分からないし、分かっていても「この人は断っていないからごり押ししよう」みたいにかぶせてくる人もいますよね。
 ロケ・コーディネーターでもそうですし、日常でも同じ。「今日は空いてる?」とご飯に誘われて「空いてるけど今日は行きたくないな」と思っても、「今日はごめんなさい」と言いにくいところがありますよね。
 NOというのに慣れていなさすぎて、結局YESのほうが楽だと諦め、自己犠牲になってしまう。「私が頑張ればいいんだ」と倒れてしまっている人、いると思うのです。

◆断る理由は聞かない 謝罪もなくていい

 私自身は年齢が上がってきて周りに若い人が多いので、私が誘ったら断りにくいだろうなと思って、「ご飯行こうよ」と声はかけるけれど、相手から具体的な日が挙がってこなければ追わないようにしています。
 仕事でも「この仕事できる?」と聞いて「ごめんなさい、できない」と言われても全然平気。「なんで?」とは聞かないようにします。聞くとプレッシャーになってしまうから。断る理由が病院だったら良くて子どもの熱や親の介護だからダメ、ではないですよね。「今日行けません」「今日遅れます」だけでいい。断るときの謝罪もなくていいと思っています。
 日本は根性論が強いけれど、「やればできる」ではなくて「やりたいかどうか」を大事にしたい。自分が若いころは共感してもらえなくてつらかったから、同じ思いを次の世代にさせたくない。こっちで引き取る。もう私たちはいろいろ言える世代だから、言っていかなきゃ。

 西山ももこ(にしやま・ももこ) 1979年、東京生まれ。高校からカレッジ卒業までアイルランドで暮らし、チェコのプラハ芸術アカデミーでダンスを学ぶ。2009年から日本でアフリカ専門のコーディネート会社で働き、16年からフリー。20年インティマシー・コーディネーターの資格を取得。ほかにハラスメント相談員、アンコンシャスバイアス研究所認定トレーナーなどの資格も持つ。

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