「ヒップホップ・ジャパンの時代」──Vol.3 BADSAIKUSH

日本のヒップホップ・シーンの盛り上がりを伝える短期連載がスタート! 第3回は、現在のシーンの最重要グループ、舐達麻のBADSAIKUSHが登場! 時代の寵児が独占ソロ・インタビューで“今”を語った。
「ヒップホップ・ジャパンの時代」──Vol.3 BADSAIKUSH
【はじめに】

KANDYTOWNの終演や舐達麻の躍進、BAD HOPの東京ドームのラスト・ライヴと解散、さらに千葉雄喜の始動と新たな若い才能の台頭。そして、ストリートとインターネットの関係の複雑化、ジェンダーの多様化、多種多様なオルタナティヴの開花も進行している。2020年代の折り返し地点を目前に、再び大きな転換点を迎えたかにみえる日本のヒップホップ。そんなシーンの最前線で活躍するアーティストやレジェンド、フェスやその主催者などへの取材を通して、「ヒップホップ・ジャパンの時代」を多角的に検証する短期連載。

BADSAIKUSHの思索

舐達麻は、近年の国内のヒップホップの最大のインパクトのひとつだ。BADSAIKUSH(バダサイクッシュ)、G-PLANTS(ジープランツ)、DELTA9KID(デルタナインキッド)から成るグループの活躍は景色を一変させてしまった。楽曲やリリックだけではない。そのファッションや言動やタトゥー、警察権力を本気にさせた大麻取締法違反容疑での逮捕、彼らを取り巻くストリート・ポリティクス──それらはかまびすしい議論を巻き起こした。彼らの一挙手一投足は常に注目の的となり、ファッションや文学、SNSに影響を与えた。舐達麻は、2020年代前半の日本の音楽文化における異端児だった。

しかし、社会やSNSの喧騒とは裏腹にBADSAIKUSHはいたって冷静だ。自身と仲間にまつわる現象、彼らが世間や他者と対峙することで生じる出来事や軋轢について分析していた。批判精神があり、物事の両義性について思索し、じっと自分たちの現在と未来を見据えていた。そして、ラッパーとして揺らぐことなく創作に向き合っている。舐達麻はこれからどんな音楽を生み出していくのだろうか。蒸し暑くなってきた6月某日の昼下がりにBADSAIKUSHに話を訊いた。

仲間や家族に言葉を残す
──最近はどう過ごしていますか?

家族と過ごしていますね。でも曲は書いています。いい感じですよ。いまサード・アルバムを作っていますけど、Awichをフィーチャーした“OUTLAW”のリミックスのサンプリングの権利がなかなか取れず、進まなくて。それが解決すればバンバンバンって進むんですけどね。

──舐達麻は2009年に結成されたのでじつはキャリアは長いですが、シーンの台風の目になったのはここ5、6年と言えます。2018年10月にMVを公開した“LIFE STASH”が口火でした。そして、複数のシングルをふくむセカンド・アルバム『GODBREATH BUDDHACESS』を2019年8月末にリリースします。振り返ってみてどうですか?

ずっと俺らのラップはヤバいっていう自信はあったし、いつか俺らの音楽は認められると思っていましたけど、ここまで有名になることは想定していなかったですよね。それがいろんな問題を引き起こしているとも思いますし。だけど、俺らの音楽が多くの人に認められたり、評価されたりすることは嬉しいですよ。かつては大麻を育てて金は持っていたけど、いまみたいに歌で認められていなかったし、いまほどの金も持っていなかったから。

──“LIFE STASH”とそれにつづく“FLOATIN'”(2019年1月)の2曲がやはり大きかったですよね。

ただ、“LIFE STASH”は、2017年に逮捕されて1年間刑務所に行くのが決まっていた保釈中に書いて録音した曲で。DJ BUN(7SEEDS)に「もっと力を抜いてしゃべるように歌って」とか超言われましたね。あの曲以降、俺のラップはけっこう変わったと思う。俺はガキのころから、捕まって1年とか中に入るということは、そのあいだは死んでいるも同然と考えていて。どういうことかと言うと、面会だって頻繁にできないし、手紙のやり取りにも数週間、数カ月の時差が生じる。つまり外の人間と物理的な距離ができてしまう。それだったら、時間をかけて1曲のクラシックを作ろうとするんじゃなく、身近な仲間や家族に俺の言葉をより多く残すほうが良いなって考えて。俺の周りのヤツらは必ずしもヒップホップだけが好きじゃないし、俺が逆の立場だったら、そいつが生きているときに何を考えていたのかを知りたいと思うから。ヤバい曲だとしても1曲をずっとリピートしていても飽きるじゃないですか。だけど10曲ぐらいあれば、外のヤツの人生や生活に合わせて曲を聴いてもらって、俺が何を考えていたかを知ってもらえると思った。それでクオリティより、そのとき思ったことを吐き出した曲をたくさん作って、その中の1曲が“LIFE STASH”だった。だから「たかだか大麻ガタガタぬかすな」とか書き殴った浅はかな言葉も残して、そういう曲がバズッた。

──あと、舐達麻の音楽、ラップが変化していくきっかけとして、ファーストの『NORTHERNBLUE 1.0.4.』(2015年)の最後に収録された9分半をこえる“契”は重要だと思います。あそこで得られた言葉や発想を種にして、その後の楽曲が生まれて行ったとも言えるかと。

絶対そうですね。“契”で俺は初めてビートにリリックを書かされるっていう経験をしましたから。あんなに驚くほどスラスラ長い文章が出てきたのは初めてだった。「リリックが降りてくる」のをあのビートで経験して。ある時期から俺が常々言っているヤバいビートが大事だということにあの曲ではっきり気づいて。だから出所してGREEN ASSASSIN DOLLARのビートを聴いたとき、「俺が探し求めていたビートメイカーを見つけた」って思いましたね。 で、一発目に、“FLOATIN'”をいっしょに作って、そのあと7、8カ月後ぐらいに“GOOD DAY”(2019年8月)を出したけど、そうやって発表している1曲ごとの成長ではないんです。なぜなら、そのあいだに世に出した曲数以上にボツ曲があるから。俺らはそれぐらいずっとリリックを書くこと、曲を作ることに向き合ってきたんです。

仕事の前に芸術
──ここまで有名になるとは思わなかったと語っていましたが、いまの状況をどう受け止めていますか?

いまは、YouTubeとかSNSを利用して成功するヤツもいるから、昔とは格差社会の形態も変化したかもしれないけど、階級や階層は基本変わらないじゃないですか。要は深谷(BADSAIKUSHの埼玉の地元)で生まれたヤツは深谷で死ぬ。俺は、人生ってそういうものだって人より強く感じて生きていたから、まさか自分が階層を飛びこえてここまでいろんな挑戦ができるとは想像していなかった。音楽もそうだし、服もそうだし、頑張ってやってきたことが金になってきたから、もっと金を稼ぐためには、考えながらやっていかないといけないって思いますね。

──いまお金の話がでましたけど、国内のヒップホップ全体を見渡しても、大きなお金が動くようになったと思います。ただ、BADSAIKUSHさんは、世俗的な欲望や物質主義を否定しないまでも、相対化するようなリリックも書いているのが印象的で。たとえば、“BLUE IN BEATS”(2022年12月)の「俺が大事にしてるものは 実体などなく/形なんかなく実在もせず 日常にある言葉を狩る」とか。

俺はいかに稼ぐか、ということを常々考えていますよ。それしか考えていないとも言える。だけど同時に資本主義が生み出している悪いことってめちゃたくさんあるなってことも考える。そもそも金は手段だから、金そのものに意味はないし、金の良くない面もある。だけど、金じゃなかったら現実的にいまどうやって人生や生活を回していくの? ってなる。そうなると、まずは稼ぎ方と使い方をどうするか考えますよね。“BLUE IN BEATS”のリリックに関して言うと、俺らは音楽で稼げているけど、販売するためだけの音楽を作っているわけじゃないってことです。あの曲も納得して出すまでに2年かかっていますから。

──そんなにかかったんですね。

そうです。でも、言葉に隅々までこだわって苦労して完成させた曲がバズらないで、吐いて捨てた言葉や書き殴った言葉を使った曲が支持されてバズったりするのもわかってきて。これで稼いでいるから責任を持ってやらないといけない仕事でもあるけど、その前に音楽は俺らにとっては自分と向き合って生み出す芸術じゃないですか。俺らには音楽以外の稼ぎ方だってあるし、俺らのヒップホップは、資本主義や金の道具にするための、そこらへんの偽物の音楽とは違う。それがいちばん大事なことです。

友達との付き合い方
──“Allday”(2023年1月)の「金の話 薬の話 女の話 それか誰かのダチ 興味ない」っていうリリックはシンプルながらとても説得力があると感じて、この歌詞についてうかがいたいなと。いわゆるヒップホップのクリシェを否定していますよね。

言い尽くされたことですけど、俺たちみたいなヤツらには基本的に新しい友達はいらないんですよ。ちょっとでも有名になった人は誰しも経験することでしょうけど、俺らが銭や数字を稼げる存在だから私利私欲のために近づいてくるようなヤツが多すぎます。

──それはここ5、6年特に感じますか?

特に感じます。有名になってから9割そういうヤツにしか会ってないですよ。

──それはさすがに……。

いや、そんなことありますね。もちろん良い人もいますし、これからもそういう人に出会っていくでしょうけど、それよりも悪いヤツが多い。べつに他人の文句を言いたいわけじゃなくて、質問されたから俺が経験して感じたことを話しますけど、そういうヤツが決まってしてくるのが、金、薬、女の話、それと「俺、誰々の友達なんだよね」っていう話。その歌詞の通り、マジで興味ないです。俺たちは元々、埼玉の田舎のクソガキじゃないですか。そこまで外の人間と深く関わることなく、仲間同士で育ってきた。だから、もちろん埼玉の地域や世代によって風潮に違いはあるでしょうけど、相手にたいして自分を強く見せるためのハッタリをかます文化がないんですよ。やるときは徹底的にやるだけなんで。性格が悪いとか狡いとかお金に汚いとか、いろいろあると思うけど、それでも信用できると思えば、俺は友達として付き合うのが普通だったし、世の中もそういうものだと思って生きてきた。だけど、有名になっていろんな人と会って接して、それは常識じゃないってことがわかって。けっこうみんなハッタリをかましてくるし、「こいつといたら金になる」って思えば友達の振りをするんだなって。それが驚きだった。本人たちはそれが振りだと自覚したうえで実際のコミュニティになっていく場合もあるのかもしれないけど、俺にはそういう考え方は一切なかったので。

──“チーム友達(九州 Remix)”のMVに参加することになった経緯を教えてもらえますか。

シンプルにTAKABOに頼まれたからですね。以前からKOHHくんと面識はあったけど、半年前ぐらいにTAKABOからあらためて紹介されて、そこからKOHHくんとちょくちょく遊ぶようになって意気投合して。で、あるとき遊んでいて、チーム友達のネックレスができたばかりでKOHHくんがぶち上がっていて。しかも彼、APHRODITE GANGのネックレスも超好きで。その翌日に俺たちは『THE NEW ORDER』っていう雑誌の撮影で、KOHHくんは誰かのMVの撮影に参加する予定があった。じゃあ、チーム友達とAPHRODITE GANGのブリンブリンを交換してお互い撮影しようって話になった。ただそれだけですよ。それで俺がチーム友達のネックレスを付けて撮影すると、「舐達麻が“チーム友達”をやるらしい」みたいな情報が広まった挙句、またあることないこと言われて(笑)。

──そういうことだったんですね。

だから、俺が何をアップしても何かしら言われるんですよ。俺らを使って自分の宣伝しようとしている人らもいるし、事実っぽいことだったら何でもいいんでしょうね。

自分のことに集中する
──ここ数年で急激に知名度が上がって予想以上の影響力を持ったことで、カルチャー・ショックを受けたり、いろんな大変な事態に直面したりしたということですね。それでも心が折れずに前向きに活動しているように見えるので、率直にすごいなと感じて。その精神力というか芯の強さを支えているものは何ですか?

その質問にたいしての答えはふたつあります。まず何年も前から心は折れています(笑)。

──それはまた正直な心情の吐露ですね(笑)。

もうひとつはまったく正反対の答えで、ぜんぜん関係ないから気にならないですね。SNSであることないこと言われたり、『文春オンライン』でデタラメな嘘の記事を書かれたりしたあとにライヴでステージに立つと、そういう嘘の情報を信じた客が俺らのライヴを純粋に楽しむというより、審査する感じで観にきてるのが伝わってくるんですよ。そんな場所にみず��ら出て行きたいヤツなんていないじゃないですか。俺のなかではライヴは曲を作り出す延長にあるものだから、やるとなったら全力で真剣にやるけど、いま自分たちから積極的にやろうとは思わない。心が折れているというのはそういう意味。だけど、結局はぜんぜん気にならない。なぜかと言えば、ネットで何を騒がれようが、俺の実生活には一切影響がないし、本当のことを知っている仲間は離れて行かないし、俺が書くリリックにも関係ないし、俺がどう生きていくかも左右されないから。

──いまの時代、SNSでの発信を抑制するのは本当に難しいですけど、舐達麻は、そのあたりの自制が一貫していますよね。

いまは言った者勝ちの世界じゃないですか。もちろん何かを言われた直後は俺にだってSNSで何か言ってやろうっていう気持ちがないわけじゃないですよ。怒りで冷静さを失うときもありますし。だけど、嘘だろうがデタラメだろうが言った者勝ちのネットの風潮は嫌だし、それに飲まれたくない。自分は絶対そうなりたくないし、反応し出したらキリがない。じゃあ、発信するのは止めようってなる。そうなると、いくら誤解されようが仕方ないけど、赤の他人に誤解されたところで俺の生き方には影響しないですから。

──“FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD”(2023年12月)は、きな臭い不穏なムードを吹き飛ばして、状況をヒップホップ・ゲームに引き戻そうとする、圧倒的な曲の力がありました。

ヒップホップの力が生き残っていて良かったとは思います。だけど、ああいう曲は書きたくなかったし、出したくなかったですけどね。そもそも、自分じゃなくて、特定の誰かに向けて何かを言うってこと自体がくだらないことだと思っているから。だけど、あのまま黙っているわけにはいかなかった。やるしかなかったのでやりましたけど。

──他人のことは関係ない、自分のやるべきことをやる、という意思が強いですよね。それはいつ芽生えましたか?

それはやっぱりラップを始めてからだと思います。人じゃなくて、自分のやることに集中して成長すれば見える世界も、いる世界も変わるじゃないですか。じっさいにそうやって努力することで、俺らはいまここまで来ているし。よく言いますよね、「人はコントロールできないけど、自分のことはできる」って。そのほうが自分の人生を豊かにすると考えるようになったのは、ラップをやるようになってからですね。俺はラッパーだから、結局は良い曲を作るかどうかじゃないですか。ウィード吸って曲を書く、それは変わらないです。とにかく、早くサード・アルバムを完成させたいですね。

BADSAIKUSH

ラッパー。舐達麻/APHRODITE GANGの中心人物。舐達麻として、ファースト『NORTHERNBLUE 1.0.4.』(2015年)、セカンド『GODBREATH BUDDHACESS』(2019年)という2枚のアルバムを発表。その他、作品多数。現在、サード・アルバムの制作中。

二木信

ライター。ヒップホップを中心に執筆。単著に『しくじるなよ、ルーディ』、漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』の企画・構成を担当。

写真・池野詩織 文・二木 信 編集・高杉賢太郎(GQ)

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