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イーロン・マスクが創業したSpaceXを筆頭に、世界では宇宙産業が盛り上がりを見せている。
宇宙ビジネスと言われると、ロケットを作ったり、衛星を打ち上げたりする企業をイメージすることが多いかもしれないが、実は日本の「総合商社」も、宇宙産業を動かす重要なプレイヤーとして立ち回っている。
今回注目したのは三菱商事、伊藤忠商事、丸紅。
取材を進めていくと、世界の動向を踏まえて事業シナジーのある領域に参入する三菱商事に、関連会社であるスカパーJSATを中心に宇宙でも「川下」を強みにする伊藤忠。宇宙の入口と言えるインフラに特化した丸紅と、3社それぞれ、宇宙ビジネスに対する明確な戦略の違いが見えてきた。
総合商社を起点に、さらに大きなビジネスへと広がっている宇宙ビジネスの世界を解説する。
【三菱商事】「総合力」に強み。民間宇宙ステーション参入も
撮影:三ツ村崇志
三菱商事の宇宙ビジネスに対するスタンスを一言であらわすと「総合力の強化」だ。
三菱商事はこの4月、商業宇宙ステーション「Starlab」の開発に参画することを発表した。アメリカの宇宙開発企業Voyager Spaceとエアバスが設立した、合弁会社Starlab Spaceに戦略的パートナーとして加わり、資本提携したのだ。
商業宇宙ステーションの「構築」という国策レベルの大きな事業に挑戦しようとしているのは、総合商社では三菱商事と、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から日本モジュールの概念検討を受注した三井物産のみだ。
Starlabは4人が滞在できる宇宙ステーション。微小重力環境を生かしてライフサイエンスの実験や新素材開発などを行う機会を提供する。
画像:Starlab Space LLC
現在稼働している国際宇宙ステーション(ISS)は、2030年に退役する予定で、世界では後継となる商業宇宙ステーションの開発が進んでいる。Starlabは米航空宇宙局(NASA)の商業宇宙ステーション構築支援プログラムにも選ばれている。これまでに累計約2.2億ドルの支援を獲得しており、ISSの有力な後継候補だ。
JAXAやNASAもこれまでISSの施設を民間に提供してきたが、実験などに使える時間が限られていることや使用許可を得るまでに時間がかかることが課題だった。宇宙ステーションの運用が政府から民間に移ると、民間のニーズが反映され、微小重力環境(宇宙ステーション)の使い方が変わると期待されている。
SpaceXの宇宙船クルードラゴンから撮影されたISS。ISSの運用は当初2015年までだったが、アメリカ・日本・カナダ・欧州各国は2030年、ロシアは少なくとも2028年まで継続することに合意している。
画像:NASA
三菱商事は、Starlab内の設備の利用枠を販売する代理店となるのではなく、宇宙ステーションの構想段階から運営に参画する。ライフサイエンスの実験や新素材開発、有人月面探査に向けた実証はじめ、地球低軌道での商業利用の需要喚起を狙う。
三菱商事の担当者は
「民間が宇宙空間にこれほど大きなアセットを持てるのは初めてのことです。どういう形で民間が地球低軌道を使っていくのか。(Starlab Spaceに参画したことで)そのルール形成から考えていける。産業側のニーズを汲み取り、運営に入り込んでいくことで、日本にも貢献できると思います」
と語る。
Starlabの機体の打ち上げについてはSpaceXと契約を結んでおり、2028年末~2029年序盤 に始まる予定だという。
商業宇宙ステーション以外にも、三菱商事はリモートセンシング、スペースデブリ除去などにも取り組んできた。
三菱商事が宇宙分野の事業を始めたのは、JAXAの前身にあたる宇宙開発事業団(NASDA)が設立された1969年頃。政府レベルへロケットや衛星、地上局の技術導入を支援した。国産化が進むと、宇宙を利用したサービス事業に舵を切った。アメリカで1994年の大統領令により高解像度の衛星データの販売が可能になると、三菱商事は1998年に日本スペースイメージング(JSI)を設立し、世界中の衛星データを調達し、販売するサービスを始めた。
2023年には、スペースデブリの除去サービスなどの提供を目指すスタートアップ・アストロスケールに出資した。アストロスケールは2021年に打ち上げた衛星でデブリ除去に必要なランデブ・近傍運用技術(RPO技術)をいち早く実証した。その技術力が評価され、アメリカ、イギリス、フランス政府などから受注を獲得している。
アストロスケールは6月5日には東京証券取引所グロース市場への上場を果たした。国内の宇宙スタートアップの上場は4社目。三菱商事としては、世界で持続可能な宇宙利用に向けた取り組みの加速が出資のきっかけになったという。
撮影:井上榛香
宇宙ステーションに衛星データ、デブリ除去など、三菱商事は宇宙ビジネスにおいてもかなり幅広い事業を抱えているが、その根底にある考え方は
「社内外との協業を通じて、宇宙を起点にMCSV※創出をして��く活動をやっていきたいです」(三菱商事・担当者)
※三菱商事の社内用語(Mitsubishi Corporation Creating Shared Value)。グループの総合力強化によって生み出される共創価値。
という点だ。同社の8つの事業グループが直面している産業課題や社会課題の解決に貢献できるかどうかが参入の決め手となっているという。
宇宙事業で将来目指す事業規模など、現状で開示できる数字はないというが、担当者は
「宇宙は夢のある事業。今は人を張って事業化に挑戦している段階です」
と語った。
【伊藤忠】宇宙でも「川下」を攻める
撮影:三ツ村崇志
民間宇宙ステーションのような巨大かつ先の長いビジネスを狙う三菱とは対照的に、資本関係のあるスカパーJSATを起点に最も古くから「民間」向けのサービスで「宇宙ビジネスの実績」を作っているのが伊藤忠だ。
伊藤忠の宇宙ビジネスの始まりは1980年代。衛星放送事業者として知られているスカパーJSATの前身企業を立ち上げ、1989年に「民間初」の通信衛星の打ち上げに成功した。その後、2007年に同企業がスカパーJSATとして生まれ変わると、いまでは通信サービスのほか、衛星データを活用した情報サービスなどを提供するアジア最大の通信衛星事業者に成長した。
伊藤忠の宇宙ビジネスは、このスカパーJSATを起点に広がっている。
例えば、2023年6月には、伊藤忠商事とスカパーJSATが地上局サービスを行うノルウェーのKongsberg Satellite Services(KSAT)と共同で、カタール環境省に衛星データを活用した海上オイル漏れ検知サービスの提供を開始したことを発表した。
SAR衛星画像で海上のオイル漏れを検出する。船舶から発信されるAIS(船舶自動識別装置)情報と組み合わせて解析し、オイル漏れのあった船舶を特定することができる。
画像:KSAT
KSATではもともとオイル漏れ検知サービスを提供していたが、伊藤忠の中東オフィスがカタール環境省から細かいニーズを汲み取り、衛星による観測頻度の調整などに対応。KSATがデータを解析し、スカパーJSATがサービス提供者となった。この事例を知った周辺国からは、同様の取り組みの引き合いが来ているという。
フロンティアビジネス第三課マネージャーの畑田悠斗さんは
「お客様からお金をいただいてビジネスとして成立した例としてはエポックメイキングなことだと捉えています」
と話す。
こうした衛星データを活用したビジネスアイデアは、世界各国にある伊藤忠の拠点や、他のカンパニー(事業部)などからも少しずつ集まるようになってきているという。
他事業部の社員が社内副業で集まり、それぞれの知識を持ち寄って宇宙事業を考える取り組みを実施しているほか、IT・デジタル戦略部が抽出してきた全社のDX案件の中から、ニーズが合うものには衛星データの活用を提案している。
「例えば、食料部門の社員や現場の人の話を聞くと、(現場の)条件によっては『衛星データよりもドローンを使う方がいい』といった生の声が聞こえてきます。そうすると衛星のブレークスルーが必要なポイントが見えてきます。出向している社員や取引先も巻き込んで話をしていくことが重要です」(畑田さん)
サービスの受益者にあたる「川下」での需要を捉えてビジネス開発をする姿勢は、伊藤忠の他の事業と共通している。
伊藤忠で宇宙事業を担当するフロンティアビジネス部マネージャーの畑田悠斗さん。
撮影:三ツ村崇志
宇宙ベンチャーへの投資や協業の考え方も「川下」への意識が明確だ。
スカパーJSATなど、安定した成長基盤を持つ企業への投資はもちろん、中長期的なポテンシャルが感じられる企業などには協業やベンチャー投資もしているという。
例えば、衛星データの解析サービスを提供するアメリカのベンチャー・Orbital Insightには2017年に出資し、スカパーJSATと共に国内での代理店契約を締結。2019年には、電波収集衛星を運用するアメリカのベンチャー・Spire Globalにも出資、代理店契約も結んだ。
「基本的には、衛星データを使ったサービス開発に注力しています」
と畑田さんはいう。
一方、商業宇宙ステーションや月面ビジネスなど、現状で「飛び地」にあたる事業への出資は慎重な方針だという。将来の動向はまだ分からないが、少なくとも現状は中核であるスカパーJSATの事業にシナジーがある領域かつ顧客ニーズに沿う事業を重要視しながら宇宙ビジネスの可能性を探索している。
「レポート上の市場規模よりも、お客様のペインポイントをいかに解決していくか、ユーザーのニーズがきちんと積み上がったときにそれがどのくらいの市場になるのかが重要です。レポートの数字に惑わされると、みんなが見ている同じ方向を向くだけなので。僕たちの価値は、世の中でどうニーズが生まれて、お客様にとって本当にお金を払う価値があるのはどこかを見極めることです」(畑田さん)
【丸紅】宇宙のエントリーチケット手に「インフラ」握る
撮影:三ツ村崇志
三菱商事、伊藤忠はどちらも「宇宙を既存ビジネスにどう生かすか」を考える側面が強かったが、丸紅は「宇宙産業への入口」での事業シナジーが強い企業への事業投資を積み重ねている点が特徴だ。
丸紅はもともと、子会社で航空・宇宙の専門商社である丸紅エアロスペースが1990年代から海外メーカーが製造する宇宙機器の販売代理店を担っていた。最近では2029年度に運用開始予定の気象衛星「ひまわり10号」にセンサーを搭載することが決まった。
ただ、2016年、堀江貴文氏らが創業したことでも知られるロケット開発のインターステラテクノロジズ(IST)と業務提携したことをきっかけに、新興企業などへの投資を加速してきた。ISTとは2019年11月に資本提携に至っている。航空宇宙・防衛事業部課長の吉川祐一さんは
「ISTとの提携は我々のニュースペースへのエントリーチケットのようでした」
と話す。
丸紅で宇宙事業を担当する、航空宇宙・防衛事業部の吉川祐一さん。
撮影:三ツ村崇志
丸紅は、ISTのロケットの「衛星搭載枠」※の販売支援を担っている。
※衛星搭載枠:ロケットの打上げ時に衛星を搭載する権利
実は、その中で出会ったのが、2021年に業務提携、2023年12月にシリーズCラウンドにリードインベスターとして出資することになった、丸紅の宇宙ビジネスの中核を担うイタリアのベンチャーD-Orbitだった。D-Orbitは、ロケットから放出された複数の衛星をそれぞれ目的の軌道まで運ぶ宇宙のラストワンマイルサービスを行っている。
例えば、SpaceXは自社の通信衛星Starlinkとともに他社の衛星を打ち上げる「相乗り打ち上げ」で多いときには100機以上の衛星を同時に打ち上げている。ただ、相乗りした衛星はStarlinkの軌道に放出された後、自力で目的の軌道まで飛行する必要があった。しかし、燃料を積むと衛星が重くなり、打ち上げ費用がかさんでしまう。そこで、D-Orbitは独自の軌道投入機「ION」で、衛星の軌道投入を支援しているわけだ。
D-OrbitはIONの打ち上げのほとんどをSpaceXのロケットで実施しており、ほかのロケット企業の開拓が課題となっていた。丸紅が仲介することで、ISTがD-Orbitへの打ち上げサービス提供に向けた包括契約を2024年4月に締結した。ISTとしても、開発中の軌道投入ロケット「ZERO」に顧客がつくことで、開発が進んでいるアピールにもなった。
インターステラテクノロジズが開発するロケット「ZERO」のイメージ画像。
画像:インターステラテクノロジズ
D-Orbitと関係を深める決め手になったのは、圧倒的な技術水準の高さと実績だ。
類似サービスを展開する競合の軌道投入成功は数回であるのに対し、D-Orbitはこれまでに13回の商業ミッション、累計140機以上の衛星の軌道投入に全て成功している。出資額は非公表だが、吉川さんは「しっかりとした金額を出資させていただきました」と話す。
D-Orbitでは、完成した衛星の軌道投入支援だけではなく、実証段階の装置を宇宙へ輸送して動作を確認する「軌道上実証サービス」も始めている。また、IONを使った通信実証や軌道上で衛星画像を処理する実証なども進めており、今後はさらにサービスが広がっていくことが予想される。
丸紅は、日本国内と東南アジアにおけるD-Orbitのサービスの独占販売権を持ち、販売活動を通じてサービスのポテンシャルを実感しているという。特に軌道上実証サービスは「思っていたよりも需要が高いと実感しているところです」と吉川さんは語る。丸紅としては、D-Orbitをニュースペースビジネスの中核に据えて、宇宙事業に参入したい事業者のレベルごとに必要なインフラ拡充を図る。
D-Orbitの装置から人工衛星が射出される様子のイメージ。
画像:D-Orbit
また、D-Orbitは丸紅ベンチャーズが出資している衛星の燃料給油サービスの提供を目指すOrbit Fabとも連携しているが、丸紅の仲介で関係が強化されているという。D-Orbitの軌道上実証サービスをOrbit Fabに販売する話も進んでおり、Orbit Fabの事業の加速も期待できる。
吉川さんは、宇宙事業に対する期待度の高さを、次のように語る。
「(宇宙事業の利益は)D-Orbitの将来の成長という観点から見ています。トータルで数十億に��るイメージはありますが、明確な数字は作っていません。今は宇宙は、航空宇宙・防衛事業部の一つに入っています。将来は宇宙と防衛だけで一つの部にできるような目線感を持って、しっかり事業を拡大していきたいと思います」