『数分間のエールを』を生み出したHurray!・おはじきさんにインタビュー。「この映画は、68分のミュージックビデオ」

インタビュー

2024年6月14日(金)に公開を迎えた映画『数分間のエールを』。本作は、新進気鋭の映像制作チーム「Hurray!(フレイ)」×花田十輝が送る等身大の“モノづくり”青春群像アニメだ。
68分という、映画としては短めのボリュームの本作だが、「ミュージックビデオ」を通して、キャラクターの感情や背景を繊細に表現している。

今回、本作で副監督を務めたおはじきさんにインタビューを実施した。チームとして初めて制作した映画のこだわり、そしてHurray!だからできたことを伺った。

チーム結成のきっかけは、大学で集まった3人組

──本日はよろしくお願いします。まずHurray!さんが設立された経緯を教えてください。

おはじき:Hurray!は大学時代の同級生であるぽぷりかと、2つ下の後輩のまごつき、この3人で結成したチームです。ぽぷりかと僕の大学にはクラスがあって、偶然にも僕とぽぷりかの席が近いうえに、家まで隣だったんですよ。それでいて、ニコニコ動画でボーカロイドの楽曲とかを好んで聞いていて、すぐに意気投合しました。お互いに描いた絵を見て「こいつ上手いな」みたいな感じで意識しあっていました。
するとあるとき、ぽぷりかから「一緒にミュージックビデオ作ってみたいんだけど、どう?」と誘われたんです。僕も高校時代に3DCGで卒業制作の映像や、宮崎のローカル番組のオープニングを作らせてもらっていたこともあって、断る理由もないなと。もともと、細田守監督のファンで、その影響で細田さんが卒業した石川県の金沢美術工芸大学に進学したくらい映像制作に強い興味があったんです。

2人で制作した動画はニコニコ動画にアップしたらかなり評価していただいて、それが楽しかったのでその後もぽぷりかと何点か制作をしていました。
ただ、僕らは4年生になったら卒業制作をやらなきゃいけなくなったのですが、ぽぷりかの制作を手伝う手が回らなくなってしまったんです。そこで、ヘルプとして白羽の矢がたったのがまごつきでした。彼女は当時からイラストが抜群に上手だったので、卒業制作との両立も可能になり、いつしか三人一組のチームになっていった形です。

大学を卒業してからは一旦みんな別々に就職して、帰宅後や休日の余暇を使って一緒に映像制作をしたり、各々プライベートでも活動を続けていました。僕も商業のアニメーションをやらせてもらったりもしました。
そういう活動を続けていたところ、ぽぷりかの提案で正式にチームを発足し、それがHurray!に発展していきました。それがきっかけで特別関係性や作品のテイストが変わったわけではないですが、ただの友達から仲間に意識が変わった瞬間ですね。それぞれ創作に向き合い続けていたからこそ、方向性が一致した居心地の良いチームになっていると思います。

──チーム内でのおはじきさんの役割は何ですか?

おはじき:元々僕が得意としているのは2Dのアニメーションなのですが、少人数で2Dアニメーションの表現を続けていくのは難しいです。そこで、現在はBlenderをメインツールにして3Dを取り入れ、僕はデータ制作全般を担当しています。

『数分間のエールを』だと、一番力を入れたのは背景です。ぽぷりかと分業しながら演出を担ってもらい、ライティングといったキャラの見栄えの調整はまごつきがやってくれたので、僕は背景のクオリティ担保を命題にして手を入れていきました。
アニメーションのクオリティが足りていなかったり、キャラクターの表情や演技を修正したいところがあれば、その作業も担当しました。顔を2D的なアニメーションにしたいという要望や、煙とか雨粒といったエフェクトを置きたいという要望に対し、Blender内のグリースペンシルやCLIP STUDIO PAINTを使って素材の作成、配置を行ったりもします。あとは部分的にキャラモデルをちょっと触ったり、リギングやAftereffectsでの作業を行ったりとか、とにかくデータ全般担当しているので、縁の下の力持ちみたいな立ち位置ですね。

──では、そんな『数分間のエールを』を制作することになった経緯についても教えてもらえますか?

おはじき:元々は、100studio代表の堀口さん(堀口広太郎氏)からミュージックビデオのご依頼をいただいたのがきっかけです。お互いのタイミングが合わずその案件は受けられなかったのですが、見積もりの際に言った金額を用意していただいたので、それを元手に新しい企画を動かすことになりました。
これはパンフレットにも書いてありますが、「2分のアニメを9話作りましょう」という形だったのが、18話になって、40分の映画になって…という感じで、どんどん大きくなっていき、最後には68分のアニメになったのです。

──それほど長い映像作品となると、未知の領域だったのでは?

おはじき:そうですね。初めての経験ということもありますし、僕が細田守監督にあこがれていて最初に感銘を受けたのが、『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』という作品で、あれがちょうど40分の作品なんです。「『ぼくらのウォーゲーム!』を作れ」と言われているように感じて、最初はちょっと自信がなかったですね。

──作るうえで、まず意識したことは?

おはじき:意識という意味では、普段作っているミュージックビデオなどとあまり変わらなかったと思います。というのも、僕はこの映画をすごく長い68分のミュージックビデオとして考えているんです。幸いなことに主題歌、挿入歌、劇伴のどれもが素晴らしい出来で、僕たちのわがままもたくさん聞いてもらえました。そんな楽曲をイメージしながら、長尺のミュージックビデオを作った感覚ですね。

──物語に関してはいかがですか?本作には脚本として花田十輝さんも参加していますよね。

おはじき:僕個人としては花田さんとのやりとりはなくて、ぽぷりかが直接やりとりしていました。脚本やデータが上がってきたらHurray!のなかで共有して、フィードバックした内容をぽぷりかがまとめて花田さんたちに伝えるといった流れで調整を加えていました。

──ということは、おはじきさんはストーリーに関して、外から客観的に見ていた感覚だったと。

おはじき:そうですね。ぽぷりかはなにかある度にチームの意見を聞いてくれるので、それに対してリアクションをします。例えば、現在作品公式SNSやYouTubeで公開している青空の広がっている空間の中で、Blenderを使ってその世界に入り込んで映像を作っているシーンがあるんですが、あのときに作っているミュージックビデオは織重先生にとっては楽曲に込めた意図と異なった映像だったわけですが、この「未明」の曲を聞いて解釈違いのミュージックビデオ作るならどういう内容になりそうなのかな、みたいなことを逐一聞いてくれるんで、じゃあ青い空の中、高い塔のてっぺんを目指すお話とかどう?なんて意見をだしてみたりなんかして。直接のやり取りはなくても、表現やシチュエーションを一緒に考えて言った感覚はありました。

文字やイラストからキャラクターのパーソナリティが分かるように

──おはじきさんは、キャラクターが書く文字やイラストも担当されたと聞きました。

おはじき:確かに担当していますが、文字だけでキャラクターを表現しようとか、そこまで特別なことを意識していたわけではありません。
僕が担当していたのは、織重先生と外崎の文字と、部分的に彼方の文字ですね。県知事賞をとった外崎というキャラクターの絵を見たあとに彼方が破いた画用紙の裏の名前とか、そういう部分的なところだけです。
彼方の大部分はまごつきがやっていて、僕がメインで担当したのは織重先生と外崎。文字に関してはチーム内では僕が一番かっちりした文字を書くので、大人びたキャラクターの文字なら適任だろうということで担当することになりました。

──普段書く文字の雰囲気で、担当を分けていったと。

おはじき:そうです。基本的にはすぐOKが出ることの方が多かったのですが、ただひとつだけ、サウンドトラックのCDについてくるカセットテープに織重先生が書いたという体で曲名の「未明」と書く際は、ぽぷりかの納得がいくまで15テイクぐらい書き直しました(笑)。

──(笑)。イラストに関してはどうでしたか?

おはじき:絵に関しては外崎のスケッチブックと、劇中に登場する外崎の県知事賞とったときの交差点、青いキャンバスを白で塗りつぶしていた絵を担当しました。スケッチブックに関しては外崎のキャラクターは絵を描くこと自体は上手いけど、自分の作りたいものが見つからないという設定なので、そこに説得力を持たせられるようなモチーフを選びました。動物も描くし、風景も描くし、人物も描くし、クロッキーみたいな絵も描けば、解剖学から筋肉の描き方を研究していたり、美大受験に向けてデッサンを描いていたり、様々な絵をちりばめていきました。引き出しは多いものの表現したいものが見つからないという外崎のパーソナリティを表現したかったんです。

そして作中には「才能って何だ」という文字が出てくるのですが、これは「こういうのがあった方がいいかな」と思いつつ、「直接的すぎるかな」と不安を抱えたまま、ぽぷりかに投げてみたら気に入ってもらえたという感じですね…すいません、外崎が好きすぎて、すごい語っちゃいました(笑)。

──いえいえ、むしろもっと語っていただければ(笑)。確かに外崎は主人公ではないものの、スケッチブックなどで多くのイラストを目にしました。

おはじき:スケッチブックについては使われてない絵や見切れている絵もあります。外崎が描いた県知事賞の絵や美術室に置かれていた絵は、裏モチーフとして星を意識しています。交差点の絵は当然ばってんになっているんですけど、これが外崎にとって初めて見つけた星なんです。
物語の冒頭で、彼方と織重先生の台詞で「今日も星を探している」というセリフがあるのですが、外崎もきっと自分の星を探しているだろうなというところから、絵のなかに星のモチーフを入れていきたいと思ったんです。

交差点の十字は外崎が最初に見つけた星で、自分に絵の才能があるかもしれないという気持ち。その気持ちをもって描き続けたいと思うのに、それが見つからなくて最後は自分の絵にばってんを描いてしまう。これも星がモチーフで、いつか外崎なりの星を見つけてほしいなという想いを込めています。

字やイラストだけでなく細部を作り込む作業が多かったので、織重先生が黒板に書いている文字や、ホワイトボードに描いてある小物まで、じっくり見ていただけると嬉しいですね。

──あと、織重先生の文字も担当しているという話でしたね。

おはじき:はい。織重先生も夢に破れたキャラクターで、黒板に関係代名詞を教えているシーンでも、「彼女は彼女の夢を生きています」という意味の文章を板書していて、自分の気持ちを偽って夢を追うことを辞めてしまった織重先生にとって、一見残酷なように見えるような小ネタも仕込んだりしています。
先ほど文字やイラストの話をしましたが、外崎の部屋が最初に映るカットで、画面左に本棚が映るんです。そこに外崎と彼方の関係を示すアイテムが置かれています。外崎にとって彼方はすごくまぶしい星であり、嫉妬の対象なんです。逆に彼方にとっても外崎は嫉妬の対象なんですよね。なんたって一回絵を描くことをあきらめるきっかけになっていますから。このふたりのライバルのようでいて互いに一番の友人でもある関係性がわかるものになっています。ぜひ鑑賞する際には気にしていただけると嬉しいです。

──映像表現という観点でこだわった部分は?

おはじき:これまでに制作してきた映像と違ったのは圧倒的な物量と情報量です。今まではスマホサイズとか、大きくてもPCモニターぐらいを想定していましたが、それが一気に何倍も大きなスクリーンになり、お客様にお金を払って観ていただくとなると、相応のクオリティが求められます。何かミスあればそれが大きく映ってしまうし、どこか一点突出して良かったとしても逆に突出して悪い点があるのも避けたいですよね。なので、捨てカットみたいなものがないように手を抜かずに、神経を使ってギリギリまでやりきった印象は強いです。

逆に普段よりもやりやすかった点もあります。制作期間が長かったので、続ければ続けるほど、モデルやマテリアルなど作ったものをライブラリ化して使いまわせたんです。5分の映像を12本作るのと、60分を1本作るのはだいぶ勝手が違って、12本作るとなると毎回違う絵作りをしようとするので、都度新たな思考が発生します。
今回は良いものを貯めこんでいけるので、進めば進むほど制作が加速していくような感覚はありました。今までの制作でも使えそうなものはどんどん使っていました。例えば自転車がカメラを通過するカットの為に作った土煙のエフェクトを、彼方が走った際の足元のエフェクトとしても使っています。

疲れて倒れこむまでは3人でモノづくりを

──Hurray!さんの話に戻りますが、チームとしての強みはなんだと思いますか?

おはじき:普段から意識していること、みたいな話にはなってしまいますが、毎回新しいことには挑戦するようにはしていて、まごつきが担当するキャラクターデザインやコンセプトアートは作品ごとにテイストが異なりますし、どんなテイストでもきっちりと表現できるようにしています。

また、今回はBlenderを使って長編アニメを作ること自体が大きな挑戦で、映像自体を長尺なミュージックビデオととらえた演出や、キャラクターのアウトラインを省いてチーム内でカラーチップと呼称しているリムライト表現を使ったこと、手描き感をふんだんに盛り込んだ背景も挑戦のひとつですね。そういった挑戦を続けられる柔軟さや小回りがHurray!の強みだと思っています。

各々が新しい表現を模索していくし、新しい提案に抵抗はなく、お互いをリスペクトしているから絵作りやシステムで二転三転しても、お互いの意見を尊重しながら乗り越えてきました。お互いを信頼できていないとこの小回りは実現できないんじゃないかなと感じています。
例えば、今回はモーションキャプチャーを自宅で撮っているんです。ディレクションは僕がPCでしつつ、ぽぷりかがアクターをしてくれました。その機材には100万円以上かかっています。楽器演奏まわりは磁気式のモーションキャプチャーだと金属に反応して上手くいかないので、光学式のモーションキャプチャーが使えるスタジオさんに協力してもらいましたが、それ以外は自分たちで撮っています。新しいことができるならとこの投資を許してもらえるのは、この信頼関係があるからだと思います。

──若いチームだと思いますが、アニメ業界はどう見ていますか?

おはじき:商業アニメとかも含めてアニメシーンにどう思っているかというお話をさせてもらうと、僕は副業的な形で商業アニメにも関わらせていただいていて、専業ではありません。なので、聞きかじりの情報も混ざってしまいますが、商業アニメは近年どの会社もクオリティの高いものを制作されていて、体制としても全話納品が増えているそうですね。制作体制も健全化が進んでいるように感じています。報酬面も良い方向に向かっているとは聞いているので、良い流れが来ているとは思います。

最近の劇場アニメ作品もはずれがないと言いますか、ヒット作品も多いなか、テレビアニメでも劇場版に劣らないクオリティを実現していますよね。実は『呪術廻戦』には友人も携わっていて、悔しさすら感じてしまいました(笑)。特に僕が感じているのは色がよくなったことです。カラースクリプトをしっかりしていて、作り手の情熱やこだわりを感じる絵作りが増えたなと思います。

──最後に、チームとして今後の展望はあれば教えて下さい。

おはじき:「あまりないです」と言うと変ですかね(笑)。とはいえ、また映画を作るのは悪くないかなと思っていますし、あとは前々からゲームにも挑戦してみたいという話なんかもチーム内では出ています。具体的な企画になっていないというだけで、それぞれがなんとなく、次の目標を見据えているとことです。
少なくとも僕はこの居心地が良い3人で、良いクリエイティブを続けて、僕らの作ったもので誰かを勇気づけたり、背中を押せたら幸せなことだなと思っています。僕は疲れて倒れこむまでは3人でモノづくりを続けていきたいですね。

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©「数分間のエールを」製作委員会