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石丸現象とは何か 石丸伸二氏「165万票」の中身を独自データで分析する

米重克洋JX通信社 代表取締役
(写真:つのだよしお/アフロ)

7月7日に行われた東京都知事選挙では、前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏が165万票もの得票を記録し、次点となった。無所属で政党の推薦や支援を受けずに立候補した候補としては、異例の大量得票だ。20年の議員経験と圧倒的な知名度を誇る、前参議院議員の蓮舫氏の得票をも上回る結果となった。

石丸氏と言えば、安芸高田市長時代からYouTubeでの積極的な発信で知られている。だが、これまでYouTubeを中心にネットで知名度を高めた政治家が、政党の支援を受けずに大量得票したケースは過去に例がない。その意味では、今回の都知事選の結果はエポックメイキングな内容と言える。

そこで、今回は「石丸現象」を分析すべく、投開票日1週間前に東京都内の有権者2500人あまりを対象にインターネットで情勢調査を実施した。この結果をもとに、石丸氏に投票したのは一体どんな有権者で、何を期待して石丸氏に投票したのかを分析する。調査の概要は末尾に記載した。

この記事のポイント

  • 石丸氏は「政治不信」と「メディアシフト」のかけ算で支持を伸ばしたか
  • 石丸氏支持層はYouTubeを参考に投票先を決めた割合が高い
  • 「YouTubeで政治や社会の情報を収集する人」の投票意欲は高めである
  • イデオロギー的な特徴は弱く、政治不信が強い傾向にある。また、旧民主党政権への評価が低い
  • 結果、無党派層、第三極志向の有権者から大量に集票した。野党も含め既成政党・政治家不信の有権者の受け皿になっている
  • 今後の選挙は「ネット地盤」拡大への対応が重要なポイントになる

メディアシフトの波は選挙にも 石丸氏支持層「YouTube参考」約5割

調査では、実際に投票先を選ぶうえで「参考にした情報源」を聞いた。その結果、石丸氏の支持層はYouTubeの動画を「大いに参考にした」「ある程度参考にした」割合が合わせて5割近くに上った。

小池百合子氏、蓮舫氏はいずれも1割程度で、回答者全体でも2割程度であることを踏まえると、石丸氏支持層がYouTubeを参考にした割合は際立って高い

特定候補の支持層に限らず、都知事選ではYouTubeで政治や社会の情報を収集する人の投票意欲が高めだったこともわかった。

都知事選の投票に行くか否か(投票意欲)を「一日で最も長い時間を使うメディア」別に見ると、「YouTubeの動画」を主に使う人は、65%が投票に「必ず行く」か「期日前投票を済ませた」と回答した。この水準は「新聞」71%、「X(旧Twitter)」65%に次いで高い。

ちなみに、これら長い時間を使うメディア別に支持する候補を聞くと、「新聞」と答えた層では小池氏と蓮舫氏が拮抗し、「テレビ」では小池氏が有利だった。一方、YouTubeでは石丸氏が大きくリードしていた。X(旧Twitter)は小池氏が最多だったものの、その他の候補者も含めて支持が細かく分散していた。

こうしたことから、石丸氏の支持層にはYouTubeの動画に背中を押されて投票に行った有権者が多いことがわかる。

実際、Googleの各種サービス内での検索回数を示す「Googleトレンド」では、選挙直前から石丸氏(下図の黄色の線)に関するYouTube内の検索回数が飛躍的に増加し、小池氏(青色)、蓮舫氏(赤色)を圧倒していた。

「Googleトレンド」におけるYouTube検索ボリュームの変化(7月7日時点での過去30日間のデータ)
「Googleトレンド」におけるYouTube検索ボリュームの変化(7月7日時点での過去30日間のデータ)


同様に、YouTube以外の主なメディアを投票先選びの参考にした人の支持動向も紹介する。

テレビを投票先選びにおいて「大いに参考にした」「ある程度参考にした」とした人は、小池氏と蓮舫氏の支持層で比較的多かった反面、石丸氏の支持層では少なかった。

また、新聞を投票先選びにおいて「大いに参考にした」「ある程度参考にした」とした人は、蓮舫氏の支持層で特に多かった。

告示前、都知事選の報道は主に「小池氏vs.蓮舫氏」の構図を軸にしていたが、今回はそれをYouTubeで急速に支持を拡大した石丸氏が打ち破った格好だ。

従来は「ネット選挙」が有効なのは、参院選の全国比例区や地方議会の大選挙区制の選挙など、全国や地域から薄く広く、数%程度までの得票を集めて議席確保を目指すケースにとどまっていた。

その点、都知事選での石丸氏の支持拡大は、ネット選挙が従来のようにニッチな支持層を拾い集めるものではなく、マスに支持を広げる最有力手段として機能したことを示す。

生活者のメディア接触時間が、新聞やテレビなどのマスメディアから、ソーシャルメディアやYouTubeなどのプラットフォームにシフトする「メディアシフト」の動きは、長年様々な調査で明らかになっている。その波が、日本の選挙にも本格的に到来してきている。

従来は地域性など、目に見える「地盤」に対応した選挙戦がいわゆる「地上戦」とされてきたが、今後は目に見えない「ネット地盤」にどうアプローチするかが選挙における候補者の重要なテーマとなるだろう。

まさに、ネット選挙は「新しい地上戦」になりつつあると言えそうだ。

与野党問わず既成政党・政治家に��信 右も左もない

調査では、様々な政治的意見を例示し、それに対する共感の度合いを5択で聞いた。そのうち、石丸氏の支持層の特徴が見えるデータを以下で紹介する。

なお、質問文における政治的意見の例示にあたっては、各政党の掲げる政策のほか、2003年から衆院選・参院選に合わせて実施されている東大・朝日新聞共同調査や、2007年から毎年行われている東大社会科学研究所のパネル調査を参考にした。

「既存の政治家は自分のような人々のことをあまり顧みない」という意見を例示したところ、石丸氏の支持層は小池氏の支持層や回答者全体に比べて高い共感度を示した。更に「強くそう思う」とした人の割合は、野党の著名議員だった蓮舫氏をも上回っている。

石丸氏の支持層は、主に蓮舫氏を支持した立憲民主党、共産党の岩盤的な支持層と同等以上に既存の政治家・政党に対する不信感があることが窺える。

「現在の政党は既得権益にとらわれており、より直接的に意思を代表するリーダーが現れてほしい」という意見についても、石丸氏の支持層は高い共感度を示した。「強くそう思う」とした人は7割近くに上り、回答者全体や小池氏・蓮舫氏の支持層の割合と比べて高かった。

石丸氏が、既成政党や政治家に向けられた「政治不信」の大きな受け皿となったことや、その支持層全体に大衆主義的側面が見られることがわかる。

また「日本の防衛力はもっと強化すべきだ」という意見については、石丸氏の支持層は回答者全体よりわずかに共感度が高かった。一方、蓮舫氏の支持層は共感度が著しく低かった。

「夫婦が望む場合には、結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の名字を称することを、法律で認めるべきだ」という意見(選択的夫婦別姓制度を推進すべきだとする意見)については、全体よりはやや高い共感度を示した。

更に注目すべきは、石丸氏の支持層の旧民主党政権への評価の低さだ。

「2009年から3年間の民主党政権は総じて評価できる」という意見については、石丸氏の支持層の共感度は低かった。「強くそう思う」「どちらかと言えばそう思う」の合計は、主に自民党、公明党支持層に支えられた小池知事の支持層と同等程度にとどまっている。

このことは、石丸氏の伸長の要因であると同時に、蓮舫氏の敗因の裏返しでもある。旧民主党政権で大臣を務め、最近までその系譜を継ぐ立憲民主党に所属した蓮舫氏が石丸氏の伸長によって「非小池支持層」を結集する受け皿になれなかったこと、とりわけ無党派層での支持が伸び悩んだことにつながっていそうだ。

報道各社の出口調査では、石丸氏は無党派層で小池氏と並ぶかやや上回る支持を得ている一方、各政党支持層で見ても維新、国民支持層から最多の支持を得たほか、自民、立憲、れいわなどの支持層からも一定程度集票している。

こうしたデータも踏まえると、石丸氏支持層はやや保守的な傾向は見られるものの、全体としては「右か左か」「与党か野党か」といったイデオロギーや政界の構図を脱して拡大しており、国政野党も含めた既存の政党・政治家に不信感がある、政治に意思��反映できていないとする感覚で支持を集めたことが窺える。

同じ「ネット選挙」の駆使で善戦した候補といえば、4月に行われた衆院東京15区補選での日本保守党・飯山陽氏が記憶に新しい。だが、石丸氏が飯山氏と異なるのは、政界の左右の軸を脱した形で支持を集めたことだ。そのことが、165万票という大量得票に繋がったと言えそうだ。

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本調査結果の一部は、7月8日(日曜日)にTBSテレビがCS/YouTubeで放送した東京都知事選開票速報でも解説した(1:00:12頃〜)。

調査の方法
6月28日(金曜日)から30日(日曜日)の3日間、東京都内の有権者を対象に、大手リサーチ会社に登録したモニターを対象としたインターネット調査を実施した。回答は、年代や性別が総務省による最新の人口推計の比率に近くなるように回収した。2519人から有効回答を得た。

JX通信社 代表取締役

「シン・情報戦略」(KADOKAWA)著者。1988年(昭和63年)山口県生まれ。2008年、報道ベンチャーのJX通信社を創業。「報道の機械化」をミッションに、テレビ局・新聞社・通信社に対するAIを活用した事件・災害速報の配信、独自世論調査による選挙予測を行うなど、「ビジネスとジャーナリズムの両立」を目指した事業を手がける。

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